第二十七話 魔王の宴
「勝てる相手じゃないって、何か手はないんですか?」
呆然と呟くシエル姉さんに、俺はすぐさま問いかけた。
すると彼女は、顔を引き攣らせたままゆっくりと首を横に振る。
その動きはさながら、壊れかけの人形のようにぎこちなかった。
大きく見開かれた眼からは、恐怖がはっきりとうかがえる。
……これほどまでに弱気なシエル姉さんを見るのは、これが初めてだ。
「我が力をじっくりとその目に焼き付けるがいい」
手を広げ、ゆっくりと空に向かって伸ばすメガニカ。
それに呼応するかのように、大地が震える。
森の地面が不気味に隆起し、土くれが人型をなした。
さながら、地の底から亡者が這い出してきたかのようである。
「魔力の支配が無機物にまで及んでる……!?」
非常識な光景に、息を呑む俺とシエル姉さん。
魔力を用いて生物を操る術は、高等魔族が好んで用いる術のひとつである。
しかし、その支配が無機物にまで及ぶとなれば話は別だ。
――私たちの勝てる相手じゃないわ。
シエル姉さんの言葉が、重く心にのしかかってくる。
「やれ」
不気味な土の人型が、次々と俺たちに襲い掛かってきた。
すぐさま応戦するものの、身体を真っ二つにしても即座に再生してしまう。
こいつら、並のゴーレム以上にタフだな!
しかも、ゴーレムと違って核が存在しないため倒しようがない。
押し寄せてくる敵の軍勢に、俺たちはあっという間に押されてしまう。
「このままでは潰されるぞ!」
「こっち来て!」
掌を高く掲げて、魔力を高め始めるシエル姉さん。
やがて掌の上に人の頭ほどの黒い塊が出現する。
あれはもしや……!!
俺はすぐさま、シエル姉さんが発動しようとしている魔法に見当がついた。
確かに、この状況を切り開くならあれしかない!
「ライザ姉さんも、早く!!」
「あ、ああ!」
土人形と応戦を続けていたライザ姉さんの手を、無理やり引っ張る。
そしてそのまま、シエル姉さんの方へと飛び込んだ。
――バリンッ!!
ガラスが砕けるような音と主に、たちまち空間が砕ける。
そして次の瞬間、俺たちは――。
「ノア!?」
「いきなり出てきた」
目の前に現れたのは、ファム姉さんとその結界に守られた人々の姿だった。
その中にはアエリア姉さんとエクレシア姉さんの姿もある。
ここは……ラージャの市街地なのか?
振り返れば、大きな水路の傍で正体不明の騎士と戦うクルタさんたちの姿もあった。
「ぶっつけ本番、ぎりっぎりだったけど何とかなったわね」
「いまのってもしかして……いや、もしかしなくても転移魔法ですよね?」
「ええ。あいつが使ってるのを見たおかげよ。流石の私も、この距離が限界だったけど」
ポンポンと肩を叩きながら言うシエル姉さん。
流石は賢者、一度見ただけで魔法の構造をおおよそ理解したらしい。
それまでの研究があったとはいえ、まったく恐ろしい人だ。
「これで一安心……とは行かないようだな」
「ファム姉さん、いまみんなが戦ってるのって魔剣に操られた人ですか?」
「はい。いったんは浄化できたはずだったのですが、夜になったらまた暴れ出して」
「赤い月のせいね。ファムの浄化すら無効化するなんて……」
「いったい何が起きているんですの? 私たちにも事情を説明してくださいまし」
ここでアエリア姉さんが会話に割って入ってきた。
俺たちはクルタさんたちを援護しながらも、おおよその事情を説明する。
森で待ち受けていたワグトゥー、それを倒した後に出現したメガニカの脅威。
話を進めるにつれて、アエリア姉さんたちの顔が恐怖に染まっていく。
「そんなことが……」
「まずいですね。その魔族、このままだとすぐにここまでやってきますよ」
「ど、どうしますのよ!? あなたたちでも勝てないのでしょう?」
「……いえ、俺たちが力を合せればあるいは」
俺がそう言ったところであった。
街の北側から猛烈な速度で巨大な気配が接近してくる。
この速さと大きさは、間違いなくメガニカであった。
クッソ、態勢を整える間すら与えてくれないのか!
俺が渋い顔をしているうちにも、メガニカは街の上空へとやってきてしまう。
「まさか人間が転移魔法を使うとはな。だが所詮はこの程度が限界か」
「……まずいわね。もう魔力もないわ」
転移魔法で力を使い果たしたのだろう。
メガニカを見上げながら、シエル姉さんはいよいよ厳しい顔をした。
しかし一方の俺は、先ほどまでよりいくらか余裕をもって言う。
「ここへ来たのは無駄じゃない。この街で、ラージャでおまえを倒す!」
「人間の小僧に何ができる。失せよ」
たちまち降り注ぐ巨大な火球。
俺は街の建物を足場にして飛び上がると、聖剣でそれを叩き切った。
そしてメガニカの姿を見上げるすべての人々に告げる。
「俺に力を貸してください!! こいつを倒すには、街のみんなの力が必要です!」




