第二十三話 獣
「あれは……鳥か?」
雲の中から姿を現した魔族。
背中に大きな翼を生やしたその姿は、鳥と人間を合わせたかのようであった。
胴体こそ人型だが、その頭は鷲のようで巨大なくちばしが目立つ。
今まで出会って来た魔族とは明らかに異なる姿に、俺たちは緊張を強いられる。
「あの姿、ひょっとして獣人かしら」
「何ですかそれ?」
「魔族の産み出した合成生物よ。人と獣を掛け合わせたやつ」
「趣味の悪い……」
合成生物と聞いて、顔をしかめるライザ姉さん。
魔法生物の類とはこれまでにもたびたび戦ってきたが、人が材料と聞かされれば嫌悪感はあるだろう。
シエル姉さんの方も、獣人を見るのは初めてだったのか渋い顔をしている。
「我は偉大なる公爵閣下の忠実なる使徒ワグトゥー。お前たちだな、我らの計画を阻もうとしている者たちは」
「ああ、貴様らの好きになんてさせない!」
「ならばこの我を倒すがいい。そうすれば、剣に掛けられた術は効果を失うだろう」
「言われなくとも、叩き斬ってくれる!」
剣を構え、そのまま大地を蹴るライザ姉さん。
宙へと飛び出した彼女は、大気を蹴りながらさらに加速していく。
高等歩法、天駆の為せる業だ。
するとワグトゥーはどこからか黒光りする槍を取り出し、姉さんに向かって突きを繰り出す。
「天槍乱舞!!」
「……速いな!」
その外見からは想像できないほどに磨き上げられた武技。
黒い穂先から次々と衝撃波が繰り出され、驟雨のように襲い掛かる。
ライザ姉さんは身を捻って回避するが、その洗練された動きに目を見張る。
「危ないっ!!」
「ロシェミュール!!」
そのまま降り注ぐ衝撃波に、即座に岩の壁を作って対抗するシエル姉さん。
小山のような岩塊が、轟音を響かせながらも無事に衝撃波を防ぐ。
一方、周囲の木々は吹き飛びさながら戦争でも起きたかのようだ。
「はああああっ!!」
「天槍一閃!!」
空で激しくぶつかり合うライザ姉さんとワグトゥー。
その動きはあまりにも早く、俺でも目でとらえるのがやっとだ。
シエル姉さんはまともに見ることすらできないようで、困ったように首を振っている。
「……どうなってる?」
「姉さんの方が押してますけど、相手も相当ですね」
「あのライザが勝ちきれないとなると……公爵の使徒ってのも侮れないわね」
「……あっ、また何かするつもりですよ!」
ライザ姉さんからいったん距離を取ったワグトゥーは、あろうことか槍で自らの手を貫いた。
――ボタリ。
たちまち、墨のような黒々とした血が槍の穂先を流れて落ちる。
次の瞬間、得体のしれない瘴気のようなものが槍を覆った。
「我が身に流れる偉大なる血よ、力を貸したまえ……!!」
「魔槍ね……! すごい魔力!」
「あいつ自身の力も膨れ上がってますよ!」
にわかに存在感を増したワグトゥー。
身体から溢れ出した魔力が実体化し、周囲に紫電が迸る。
こりゃ、もしかするとライザ姉さんでも勝てないかもしれないぞ……!!
そう懸念した瞬間、ワグトゥーは稲妻を纏った槍を繰り出す。
「くっ! 重い!!」
「血を解放した我の力は、先ほどまでの数倍ぞ!」
激しい衝突。
直後、ライザ姉さんは魔族の尋常ならざる膂力に耐えかね、吹き飛ばされてしまう。
森に落ちた彼女は、木々を薙ぎ倒しながら地面に叩きつけられた。
「ははは! これが偉大なる者の力だ!」
「……参ったわね。ノア、あんたって天駆は使えた?」
「いえ、まだです」
「どうするのよ。あの速度だと雷魔法でも当てるのも難しいし……」
ライザ姉さんの様子を気遣いつつも、どうすればワグトゥーに勝てるのか頭を抱えるシエル姉さん。
空を自在に飛び回る敵は、彼女が最も苦手とするところであった。
基本的に威力の高い魔法は発動までに時間がかかるため、当てづらいのだ。
加えて、空を飛ぶ敵に狙いを付けるのはなかなかに難しい。
「あいつを何とか地面に堕とせればいいんですけど。重力魔法とか使えませんか?」
「効果範囲が絞られるから、けっこう難しいわ」
「それなら風魔法で……」
俺は掌を前に構えると、風の魔力を集中させた。
竜巻を起こし、奴の翼を奪うのが目的だ。
さあ、当たってくれよ……!!
こうして渾身の魔法を放とうとした瞬間、思わぬところから声を掛けられる。
「待て、ノア!」
「ライザ姉さん?」
「それを使われると、私まで身動きが取れなくなる!」
「でも……」
「安心しろ、あいつは私が叩き落す」
ゆっくりと起き上がりながら、空を舞うワグトゥーを睨みつけるライザ姉さん。
その表情にはどこか余裕があり、先ほどまで倒れていたとは思えない自信があった。
一体何を根拠にそのようなことを言っているのだろう?
俺たちが疑問に思っていると、似たようなことをワグトゥーも思ったのだろう。
やつは腹を抱えて笑い始める。
「何を言うかと思えば。おかしくなったようだな」
「そちらこそ。その力、所詮は借り物なのだろう? 力任せで、先ほどまでよりも弱くなっているぞ」
そういうと、改めて剣を構えるライザ姉さん。
彼女はニヤッと笑みを浮かべると、どこか楽しげに言う。
「三分で片づけてやる。まがい物め」
こうして再び、姉さんとワグトゥーの戦いが始まるのだった。




