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第二十一話 城壁の一幕

「この世の終わりかよ……」


 ゆっくりとラージャの城壁に迫ってくる軍勢。

 剣に操られ、暴徒と化したその姿はさながら亡者の群れのよう。

 ゆらりゆらりと上半身を揺らし、炯々とした眼で周囲を見渡す姿は見るものの恐怖を煽り立てる。


「ざっと二千人はいるぞ。どこから来たんだよ?」

「鎧の紋章からすると、ポイタス家のやつらだな」

「あのドケチ領主、またなにかやらかしたのか!」

「とにかく門を閉めろ、急げ!!」


 軍勢を迎え撃つべく、慌ただしく動き始めた守備隊。

 ここラージャは、人間界と魔界との境界付近に位置する前線都市。

 冒険者の聖地として知られているが、兵士たちのレベルも相応に高かった。

 突然の事態に多少の混乱をきたしつつも、手際よく門を閉じて防衛用のバリスタを引っ張り出す。

 だがここで――。


「街の内部でも暴漢が発生した! 人をよこしてくれ!」


 守備隊の詰め所にいきなり衛兵たちが駆け込んできた。

 外敵の対応で忙しい守備兵たちは、おいおいと呆れた顔をする。


「中の治安維持はお前らの仕事だろうが。こっちも外敵が来て忙しいんだよ!」

「それが、仲間内からも暴れるやつらが出て収拾がつかないんだ! 頼む、人を貸してくれ!」

「はぁ!? どうなってんだよ?」


 衛兵の中からも暴れる者が現れたという情報に、思わず聞き返してしまう守備兵。

 曲がりなりにも治安を維持する側の人間が暴れるなど、言語道断である。

 すると衛兵たちは、身を小さくしながらも言う。


「最近、ギルドを中心に剣の回収をしてたのは知ってるよな?」

「ああ、魔族が作ったとか言うやつか」

「実は衛兵隊の中にも、その剣を使っていたものがいてな」

「……支給品はどうした、支給品は」


 守備兵の問いかけに対して、衛兵たちはバツが悪そうな顔をしながら黙ってしまった。

 その様子を見た守備兵たちは、衛兵たちが何をやらかしたのかをおおよそ察する。


「まさか支給された剣を売って、例の剣を買い直したのか? それで差額を懐に入れたと?」

「……その通りだ」

「なんて、馬鹿なことをしたんだ……!」

「五万ゴールド近く儲かったんだよ。それで、いい小遣い稼ぎになるって吹聴した奴がいて」

「何人か乗っかったってわけか」


 信じられないとばかりに、頭を抱える守備兵たち。

 街の防衛を担う守備隊に対して、街中の治安を担う衛兵隊は残念ながら腐敗が進んでいた。

 役職柄、何かと利権に絡むことが多く毒されやすいのだ。

 しかし、流石にここまでの事態は想定していなかったのだろう。

 そこかしこから、守備兵たちのため息が聞こえる。


「……恥さらしなのはわかってる、だが人手が足りないんだ」

「あいにくこっちも……」


 守備隊長が外の様子を説明しようとした瞬間であった。

 閉鎖されていた門が、バタバタと大きな音をたてはじめる。

 剣に操られた騎士たちが、とうとう門の前まで到達したようであった。


「これは……!!」

「ちっ、もう来やがったか!」

「バリスタを撃て、数を減らすんだ!」

「待て、相手はポイタス家の騎士だぞ! 後で問題になる、ギリギリまで様子を見ろ!」

「そんな悠長な!!」


 ここで、守備隊の中でも意見が割れた。

 剣に操られているとはいえ、相手は近隣のいくつかの都市を収める有力諸侯の騎士団。

 それを街の守備隊が殺したとなれば、ラージャの立ち位置は非常にまずいものになる。

 危機的状況とはいえ、おいそれと手を出すわけにはいかなかった。

 だがそうしている間にも、騎士たちは積み重なるようにして門へと殺到していく。


「おいおい……ちょっとたわんできてないか!?」

「大丈夫だろ、魔獣の突進にも耐えられるもんだぜ?」

「嘘じゃないって! 内側に向かって、少しずつ……!!」


 門扉を指差しながら、一人の守備兵が平静さを失った様子で騒ぎ立てる。

 それを周囲の兵士たちが宥めるが、ここでパンッと弾けるような音がした。

 何かが兵士の頭に当たり、たちまち眉間が割れて血が流れる。


「いった! 何だこりゃ……?」


 当たった何かを兵士が拾い上げると、それは金属製の鋲であった。

 かなり年季が入っていて、ところどころに錆が浮いている。

 この近くでこんなものを使っているのは、街の大門の門扉しかない。


「ま、まずい! 門が破られる!!」

「クソ、やむを得ん! バリスタを撃て! 撃ちまくれ!!」

「おい、そんなことして大丈夫なのか!? ポイタス家の騎士なんだろ!?」

「んなこと言ってる場合か! 奴らを止めないと街が壊滅するぞ!!」

「構わん、やれ!!」


 現場が衝突と混乱に呑み込まれそうになったところで、守備隊長の一喝が響いた。

 これによっていくらか平静さを取り戻した守備兵たちは、すぐさま城壁の上部に移動してバリスタを発射する準備をする。

 たちまち限界まで弦が引き絞られ、キリキリと音が鳴った。

 そこへ竜をも貫くとされる巨大な矢が番えられる。


「射角よし! う……」

「待ってくれ!!」


 今まさに号令が掛けられようとしたその瞬間。

 どこからともなく、男の声が響いた。

 守備兵たちが振り返ると、そこにはギルドマスターであるアベルトが立っていた。

 そしてその横には、ファムの姿もある。


「おお、アベルト殿! 冒険者を連れて来てくれたんですか!?」

「助かった、ギルドのだいぶ楽になるぞ」

「だが、特に冒険者の姿が見えないような……」


 アベルトの姿を見て、ああだこうだと騒ぎだす守備兵たち。

 しかしここで、アベルトは衝撃的な一言を放つ。


「門を開けてくれ!!」


 あまりの衝撃に、その場にいた全員が言葉を失うのだった。

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