第十九話 戦いの始まり
「完成だわ」
マリーンさんの提案に乗って、アエリア姉さんたちも巻き込んだ作戦を始めたその日。
魔力を逆探知する装置の開発を進めていた俺とシエル姉さんは、とうとうそれを完成させた。
剣がすっぽりと収まる白い木箱に、古代文字と魔法陣がびっしりと刻み込まれている。
「お疲れ様。昨日は徹夜だったわねえ」
ここで、マリーンさんが紅茶を手に工房へと現れた。
姉さんはさっそくそれを受け取ると、ふうっと一息つく。
「確実に逆探知できる仕組みを作ろうとしたら流石に骨が折れたわ。どんな波長の魔力が使われるか未知数だったし」
「それをたった一日で作れる姉さんも大したもんですよ」
「ノアの協力のおかげだけどね。なかなか成長したじゃない」
……寝不足で少しテンションがおかしくなっているのだろうか?
シエル姉さんが俺の方を見ながら、何やらいい笑顔で褒めてきた。
魔法のことでシエル姉さんが俺を認めるなんて、明日は槍でも振るんじゃなかろうか?
術比べに俺が勝った時ですら、素直に認めようとはしなかったのに。
「姉さん、何か変なものでも食べました?」
「別に。くだらないこと言ってないで、いったん休みましょ」
そういうと、姉さんは大きく伸びをしてそのままソファに寝転がった。
よほど疲れていたのだろう、たちまち寝息が聞こえてくる。
まあ、夜を徹して細かい術式を刻み続けたからなぁ。
俺もすっかり目が疲れてしまっている。
「あなたは寝なくていいの?」
「眼が冴えちゃって」
「でも、もしすぐに魔族が動き出したら大変よ?」
穏やかな口調でやんわりと警告してくるマリーンさん。
しかしまあ、流石に昨日の今日で魔族たちが動き出すこともないのではなかろうか。
連中にとっても決戦を早めて赤い月の夜を避けるのはリスクがある。
むしろ俺は、剣に込めた術式が無駄になるとしても赤い月の夜まで待つ可能性も高いと見ていた。
強大な魔族が力を増すということは、それだけ大きなアドバンテージなのだ。
「……眠くなったら寝ます」
「なら、毛布だけ置いておくわね」
「ありがとうございます」
マリーンさんは毛布を置くと、そのまま工房を出ていった。
さてと、姉さんも寝ていることだし今のうちに俺ものんびりするか。
椅子から立ち上がると、俺は体をほぐすように部屋の中をゆっくりと歩き始めた。
すると――。
「ん?」
窓の外の通りが、何やら騒がしかった。
おかしいな、この辺りは閑静な高級住宅地のはずなんだけど。
どこからか聞こえてくる騒々しい声に、俺は不穏な気配を感じた。
すぐさま窓を開けて、一体何が起きているのかを確認しようとする。
すると――。
「ジーク、大変だよ!」
「わっ!?」
いきなり、窓枠からクルタさんがひょこッと顔を出した。
驚いた俺は危うく尻もちをつきそうになる。
「急にどうしたんですか?」
「剣を持ったやつらが暴れ出したの! たぶん、魔族の仕業だよ!」
「嘘、もう仕掛けてきたんですか!?」
予想をはるかに超える動きの速さに、声が大きくなってしまった。
動き出すとしても、せいぜい明日の夜ぐらいだと思っていたのだ。
これは……よほど凶悪な術式を剣に込めていたのか?
そうでもなければ、これほど迷いなく行動を起こすとは考えにくい。
「暴れてる人の様子は? どんな感じですか?」
「ええっと、何というかゾンビみたいな感じ! 力もかなり増してる!」
「最悪じゃないですか……!」
こうなったら、とにかく早く大本の魔族を叩きに行かなければ!
そんな連中が大暴れしたら、街があっという間に壊滅してしまう!
俺は急いでシエル姉さんを叩き起こし、魔力の逆探知を始めようとした。
だがここで、さらに絶望的な事態が襲い掛かってくる。
「ノア! とんでもないことになったぞ!!」
「ああ、わかってます! 剣を持った人が暴れてるんですよね?」
部屋の飛び込んできたライザ姉さんに、俺はそう答えた。
すると彼女は、凄い勢いで捲し立ててくる。
「そうだが、それだけじゃない!」
「え?」
「ちょっとこっちにこい!」
手を掴み、そのまま俺の身体を無理やり抱え込んでしまうライザ姉さん。
ちょ、いきなりなにを!?
俺が戸惑ってしまっている間に、彼女は空いていた窓から外へ飛び出した。
そして家の方へと振り返ると、俺を抱えたまま飛び上がる。
「ね、姉さん!?」
「こら、暴れるな!」
手足をばたつかせる俺をよそに、ライザ姉さんはひょいひょいっと屋根まで移動した。
その動きはさながら、猿か何かのよう。
下で見ていたクルタさんも、思わず呆れたような顔でこちらを見上げる。
「……何で屋根の上に」
「あれを見ろ」
そう言ってライザ姉さんが指さしたのは、遥か街の外であった。
なだらかな丘陵の連なる草原と鬱蒼と生い茂る境界の森がどこまでも広がっている。
そして、その大自然と街とを隔てる高い城壁。
視界を切り取るそこに向かって、何やらたくさんの人間が殺到していた。
俺の視力ではよく見えないが、統一された鎧を着ているように見える。
もしかして、軍隊か何かだろうか。
「ひょっとして……」
「どうやら、遠征に行っていた軍が丸ごと操られたらしい」
……なんてこったよ。
ある種、最悪の事態の到来に俺は思わず気が遠くなるのだった。




