第十八話 揺さぶり
「剣の回収がほぼ完了しましたわ! 明日の昼で締め切りますので、まだの方は急いでくださいまし!」
剣の回収が始まった翌日。
ギルドのカウンターにて、早くもアエリアがこう呼びかけた。
それに合わせるように「あと一日!」と大きなポスターが張り出される。
突然の時間制限に、たちまちのんびりと構えていた冒険者たちが慌て出す。
「期限が過ぎたら、補償金はもらえなくなるのか?」
「その通りですわ。なので急いでくださいまし」
「マジかよ、そりゃ急がねえと!」
数名の冒険者が慌てて動き出す。
実のところ――彼らは仕込みであった。
しかしその大袈裟な動きにつられて、本当に剣を引き渡そうか迷っていた者たちも動く。
「……ギルドはひとまずこれで問題なさそうですわね」
「あと厄介そうなのは、街の衛兵たちでしょう」
アエリアの隣に立つマスターが、少々困ったような顔で言った。
その様子を見て、アエリアははてと首を傾げる。
「衛兵ならば、武器は支給品がありますでしょう?」
「ええ。この街は前線ですからね。それなりに良いものが渡されているのですが……」
「……なるほど。支給品を売って、代わりに問題の剣を購入したと」
ふうっとため息をつきながら言うアエリア。
いかにも、遊ぶ金に困った連中の考えそうなことであった。
件の剣の売値は相場のおおよそ五分の一程度。
支給品の剣を売り、その金でこの剣を買い直せばかなりの差額が生まれる。
それを丸ごと懐に入れて、飲み代にでもしてしまったのだろう。
「おおよそ、お察しの通りです。支給品の剣を売り払ったとなれば問題ですから、そう簡単には回収に応じることはないでしょう」
「面倒なことになりましたわね……。その話、どこで聞きましたの?」
「衛兵の一人が、酒場でうっかり口を滑らせたそうで」
「参りましたわね。計画のためには、回収率を上げる必要がありますが……」
額に手を当てて思考を巡らせ始めるアエリア。
しばし考えた後、彼女はどこか諦めたように言う。
「衛兵たちと仲の良い冒険者はいますかしら?」
「何人か、心当たりがありますよ」
「でしたら、彼らにいくらか金を握らせて小遣い稼ぎを持ち掛けてもらいましょう」
「といいますと?」
「俺が剣を持って行ってやるから、手間賃として半分よこせとか」
それを聞いて、なるほどと手をつくマスター。
知り合いにそう持ち掛けられたなら、素直に応じる衛兵は多いだろう。
もともと支給品を売り払ってしまうような不真面目な連中なのだから、話は通じやすいに違いない。
「わかった。手配しよう」
「ついでに補償金も増額しましょう。決心がつかない人も動きやすくなるはずですわ。これで明日には全回収間違いなし!」
「そうですな!」
何やら芝居がかった仕草で笑うアエリアとマスター。
こうして一通り話を終えたところで、アエリアは外で待っていた秘書を連れてギルドを後にする。
「次は教会に参りましょう。あちらも回収は順調と聞いておりますわ」
「はい、昨日から大量の剣が持ち込まれているとか」
「わたくしたちが本気を出せば、ざっとこんなところですわねえ」
扇を口元に当てて、高笑いをしながら街を闊歩するアエリア。
やがて彼女が教会の前までいくと、そこにはすでにファムが待ち構えていた。
「待ってましたよ、アエリア。さっそく回収した剣について、打ち合わせをしましょう」
「ええ。あなたはここでまっててちょうだい」
「はっ」
秘書を礼拝堂の入り口に待機させると、アエリアとファムはゆっくりと奥の扉へと歩き出した。
流石は聖女というべきだろうか。
ほんのわずかな距離を歩くだけでも、周囲の視線が痛いほどに集まる。
「回収はどうですの?」
「今のところは完璧ですね。明日の朝には、ほぼなくなると思います」
「それは良かったですわ」
作戦がうまく行っていることを確認しながら、扉を開けて中の事務室へと入るアエリアとファム。
そして扉を閉じた二人は、周囲を見渡して誰もいないことをしっかりと確認する。
「魔法的なことは分かりませんが、大丈夫かしら?」
「嫌な気配は感じません。平気でしょう」
「…………では聞きますが、本当のところはどうなんですの?」
先ほどまでとは打って変わって、深刻な顔で尋ねるアエリア。
するとファムは軽く肩を落として言う。
「まだ半分といったところです。明日の昼までだと、恐らく七割ぐらいでしょうね」
「こちらも似たようなものですわ。どうやら、ノアたちが見つけた魔族以外にも剣を売り払っていたものがいるようですわね」
「そうなると、やはり明日の昼までに完全回収をするのは……」
「絶望的だと思いますわ」
アエリアはきっぱりとした口調で告げた。
そんな彼女に対して、ファムは少し不安げな口調で尋ねる。
「これで本当にうまく行くのでしょうか?」
「魔族を揺さぶれるかどうかが?」
「ええ」
――剣の回収が実際以上にうまく行ってることを装い、魔族たちを騙す。
これが、マリーンがノアたちに提案した内容であった。
剣がすべて回収されそうとなれば、その前に魔族たちは何かを仕掛けてくる。
そうなれば、赤い月の夜を避けて彼らと戦うことができるのではないか。
マリーンはそう予測して、ノアたちにこの作戦を提案したのだ。
「うまく行くと思いますわ」
「ずいぶんと自信があるんですね」
「ええ。あれだけの量の剣を用意するのは、魔族にとっても一大事だったはず。長い時間をかけた計画を潰されそうになれば、魔族も相当に焦るはずですわ」
「商人としての勘ですか」
「そうですわ。でも、この辺りは人間も魔族もそれほど変わらないと思いますわよ。お互い、損得勘定の出来る生き物ですもの」
商人としての経験に裏打ちされたアエリアの言葉には、重みと含蓄があった。
ファムはひとまずそういうものかと納得をする。
するとここで――。
「た、大変です聖女様!」
「どうしました?」
「結界の中に置いていた剣が、急に光り出しました!」
とっさに顔を見合わせるファムとアエリア。
どうやら敵は、想像以上に早く動き始めたようだった。




