第十七話 分析
「うーん、術式が刻んであることをかなり巧妙に隠してるわね」
アエリア姉さんたちが剣の回収に励んでいる頃。
俺はシエル姉さんとともに、マリーンさんの家の工房で剣の分析に勤しんでいた。
とはいっても、作業は遅々として進まない。
術式が剣の表面に刻み込んであるならば手の打ちようもあるのだが、どうやら内部に何かを埋め込んでいるようなのだ。
「こうなったら、剣を折るしかないのかも」
「けど、それをやると壊れるわよ」
「ですよねえ……」
剣をへし折り、中にあるものを取り出すという手もあるにはある。
だが、その際に内部の構造が壊れてよくわからなくなってしまうのはほぼ間違いない
金属の塊である剣を、絶妙な力加減で破壊するというのもなかなか難しいのだ。
「いっそ、魔力を流して反応を見てみるとかはどうかしら?」
ここで、苦悩している俺たちの様子を見たマリーンさんがそう提案してきた。
彼女は俺たちにそっと紅茶を差し出すと、置かれていた剣を手にする。
「この剣、柄の部分だけ金属の色合いが少し違うわ。わずかにミスリルが含まれているんじゃないかしら? おそらくここから、持ち主の魔力を吸う設計になってるのよ」
「それについてはもう何回か試してます。けど反応が無いから、特定の波長の魔力を受信した時だけ術式が発動するようになってるのかと」
「波長の特定は難しそう?」
「これを作ったのは魔族でしょうから、なかなか」
マリーンさんの問いかけに応じながらも、困った顔をするシエル姉さん。
魔族と人間とでは、そもそも魔力の波長がまったく異なる。
そのため、術式を発動させるための波長を出すのは非常に困難であった。
だいたい魔力の波長を変えることすら、基本的には超高等技術なのだ。
「適当に、数を打てば当たるってわけにもいかないのか?」
「それで行けるほど甘くはないわよ。魔力の波長なんて、当てずっぽうにやって合うじゃないわ」
「む、案外難しいのだな。ぐわーっとはやれないのか、ぐわーっと」
行き詰っている俺たちを見かねたのだろうか?
見回りから戻ってきたライザ姉さんが、何とも言えない意見を出してくる。
……ぐわーってなんなんだ、ぐわーって。
いつもながら擬音語満載の発言に、シエル姉さんも呆れ顔で言う。
「それで何とかなったら苦労しないわよ。それより、妙な奴らとか近づいてきてない?」
「今のところ、それらしい気配はないな」
「そろそろ、連中が仕掛けてきてもおかしくないんだけどね」
そういうと、窓の外を見ながら険しい顔をするシエル姉さん。
赤い月の夜まであと三日。
俺たちが動き出したことは、敵もすでに把握していることだろう。
いつ襲撃を仕掛けられてもおかしくない状況なのだ。
「く、待つしかない状況というのがもどかしいな。敵の居場所さえわかれば、こちらから乗り込んで潰してやると言うのに」
「そうはいっても、連中の本拠地なんて見当もつかないからね」
「街にある程度近いことは確かなんじゃないですか? 魔力を届かせないといけないわけですし」
剣に組み込まれた何かしらの術式。
その起動に魔力が必要ならば、当然ながら届けてやる必要がある。
魔力も無制限に伝播するわけではないので、発信源はそれなりに近い場所となるはずだった。
「……そっか、それよ!」
「え?」
「敵が飛ばしてくる魔力を逆探知するのよ! それで大元を叩きに行けばいいんだわ!」
「でもそれって、めちゃくちゃ危なくないですか?」
敵が魔法を発動するのは、間違いなく赤い月の夜だろう。
そんな日にわざわざ魔族たちが待ち受けているであろう場所に行くなんて、流石にリスクが高いのではないだろうか?
まして、これだけの術式の担い手となるような相手だ。
爵位持ちクラスの超大物がいたとしてもおかしくない。
「流石の私でも、アルカクラスの魔族が出てくると厳しいな」
「あの時は危うく負けそうだったもんね」
アルカというのは、ライザ姉さんが以前に戦った魔王軍の師団長のことである。
自らの身体を炎へと変える力を持つ、剣士泣かせの強敵だ。
最終的に姉さんが圧倒的な体力で押し切ったが、一歩間違えれば負けていたかもしれない。
あれが数段強化された状態で出てくるなんて、悪夢としか言いようがない。
「……あいつとは相性が悪かっただけだ! 私も腕を上げたからな、今戦えば瞬殺できる」
「さっきといってることが違うんだけど」
「う、うるさい! とにかく、赤い月の夜に戦うのはやりたくない!」
はっきり負けるとは言いたくないのか、言葉を濁しつつも危険であることを告げるライザ姉さん。
さて、一体どうしたものかな……。
俺とシエル姉さんが考え込み始めると、やがてマリーンさんが何かを思いついたように言う。
「ねえ、こういうのはどうかしら?」
「何かいい手があるんですか?」
「……あなたたち、少しだけ犠牲が出る可能性があったとしても許容できるかしら?」
そういうと、少し顔つきを険しくするマリーンさん。
俺たちはすぐさま彼女の話に聞き入るのだった。




