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第十五話 赤い月に向けて

「まさか、大陸の有力者がここまで勢ぞろいするとは……」


 数分後、意識を回復させたマスターは眼を見開きながらそう言った。

 姉さんたちに恐れをなしているのか、その声は少し掠れている。

 マスターの態度に影響されてか、姉さんたちを知っているはずのクルタさんたちまで委縮していた。


「ジークの家族って、ホントどうなってるの?」

「何か特別な血を引いているとかか?」


 こそこそと小声で尋ねてくるクルタさんたち。

 ……そう言われても、特に思い当たる節なんてないんだよなぁ。

 姉さんたちの両親は、二人ともウィンスター王都の商人だったし。

 その先祖が凄かったなんて話も聞いたことが無い。


「そんなことないはずですけど……」

「……それより、こちらで補償費用を負担すれば回収には協力していただけますの?」


 俺たちが動揺していると、再びアエリア姉さんがマスターに向かって切り出した。

 するとマスターはウームと顎に手を押し当てながら言う。


「可能だが、相当な金額になる。いくらフィオーレの会頭とはいえ大丈夫なのですか?」

「問題ありませんわ」

「そういうことなら……。あと、できれば金だけではなく代わりの武器を用意していただけると。替えの武器を持っていない連中も多いので」

「わかっていますわ。後で工房をいくつか巡って、手配しておきましょう」


 手際よく段取りを決めていくアエリア姉さん。

 さらに彼女は、シエル姉さんやファム姉さんの方を見て告げる。


「シエルはノアと一緒に剣に刻まれた術式の分析。ファムは聖女として冒険者以外の人にも剣の回収に応じるように呼びかけてくださいまし」

「分かったわ。ノア、それでいいわね?」

「はい。シエル姉さんが一緒なら、この術式もすぐに分析できると思う」

「では、私はすぐに教会へ向かいますね。さっそく打ち合わせをしなくては」


 そういうと、足早に執務室を出ていくファム姉さん。

 彼女の背中を見送ったところで、今度はエクレシア姉さんが言う。


「私は何をすればいい?」

「そうですわね、看板を描いてもらえますかしら? 剣を持って来たくなるような」

「わかった、すぐにやる」


 こうしてエクレシア姉さんもまた、執務室を出て行った。

 ずいぶんと手際がいいというか、慌ただしいというか。

 姉さんたちのことなので、とりあえずは再会を祝って色々するのかと思っていたのだが。

 今日に限っては、どこか焦りのようなものが見て取れる。


「……何かあったんですか? ずいぶん、急いでるみたいですけど」

「ん? てっきり知ってて私たちを呼んだんだと思ったんだけど?」


 おやっと首を傾げるシエル姉さん。

 理由が分からない俺は、改めて尋ねる。


「いや、俺たちはただ一刻も早く剣を回収した方がいいと思って」

「じゃあ、赤い月のことは考えてなかったの?」

「赤い月……あっ!!」


 シエル姉さんに言われて、俺はようやくそのことを思い出した。

 赤い月の夜といえば、魔族たちの力が高まる危険な日である。

 場合によっては、通常の数倍もの力を出せることもあるとか。

 魔族たちが大規模な動きをするならば、その日を逃すはずはないと容易に想像できる。


「……こっちに来るまでの間に、いろいろ計算したんだけどね。赤い月まであと三日しかないわ」

「三日!? そんなに時間が無いんですか!?」

「ええ。だから、さっさと剣を回収して術式の特定をしないと。それから、ライザ!」

「なんだ?」

「私とノアが狙われる可能性が高いわ。しばらく護衛を頼むわよ」

「任せておけ。必ず守り抜く」


 ドンッと胸を叩くライザ姉さん。

 その凛々しい表情は実に頼もしく、剣聖としての威厳を感じさせた。

 だがその直後、彼女は表情を緩めて言う。


「……ところで、赤い月とはなんだ?」

「ったく、気が抜けるわね。赤い月って言うのは……」


 簡単に説明をするシエル姉さん。

 それを聞いた皆の顔が、たちまち強張っていく。


「そんなヤバい日があと三日で!?」

「だから、わたくしたちも急いでるんですのよ。本当なら、ノアと再会したことを祝して今日一日はのんびりしたかったのですが……それはすべて終わってからですわ」

「いよいよ余裕がないな。よし、俺たちもちょっと知り合いに声をかけるか」

「そうだね、ボクたちも行こう!」


 居てもたってもいられなくなったのか、慌てて執務室を後にするクルタさんたち。

 ここでシエル姉さんが、そっと俺の手を握って言う。


「私たちも行くわよ。この街に魔法の研究ができるような工房とかはある?」

「ええっとそれだと……マリーンさんのところが一番だと思います」

「ああ、マリーン先生の! それなら確実ね!」


 ポンッと手を叩くシエル姉さん。

 マリーンさんというのは、俺たちが以前お世話になったこの街に住む魔導士さんである。

 もともとはウィンスターの魔法学院の院長だった人で、シエル姉さんとも面識がある。

 彼女の工房なら設備も確かだし、知恵を借りることもできるだろう。


「急ぎましょう! とっとと術式を割り出して、先手を打つわよ」

「はい!」

「ではわたくしは、商会を拠点に回収作業の指揮をとりますわ。何かあったら来てくださいな」

「私も早く看板を作る」


 こうして、それぞれに部屋を出ていく俺たち。

 赤い月の夜に向けて、いよいよ戦いが始まるのだった――。


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