第十二話 剣の秘密
「特殊な術式というのは? 何をするつもりなんだ?」
「人間どもを……ぐっ!?」
急にエルハムの言葉が途絶えた。
ダメージを受けすぎて、話すこともままならなくなったのか?
とっさにそう思った俺はエルハムの肩に手を置くが、どうにも様子がおかしい。
やがて胸を掻きむしりながら、崩れ落ちるように倒れてしまう。
「おい、どうした、おい?」
「るああっ!!」
「なんだ!?」
エルハムの口から、得体のしれない黒い塊が飛び出した。
これは……穢れた魔力の塊か?
もやもやとした瘴気を発していて、見ただけで危険だとわかる。
「ブランシェ!!」
すぐさま浄化魔法を放つと、黒い塊は溶けるようにして消えて行った。
正体はよくわからないが、何かしらの呪詛のようなものかもしれない。
その消滅を見届けたところで、俺は改めてエルハムの身体を揺する。
「おい、おい!」
身体を大きく揺らし、耳元で声を上げる。
しかし、エルハムはまったく何の反応も示さなかった。
傷のせいなのか、それとも先ほどの黒い塊のせいなのか。
急いで脈を確認すると、止まってしまっている。
「……死んだのか?」
「そう、みたいです……」
「どういうことだ? 何かの魔法か?」
「ちょっと見てみますね」
俺は恐る恐る、エルハムの上着を脱がせて身体を確認した。
すると胸のあたりに得体のしれない魔法陣のようなものが刻み込まれている。
魔力探知をすると、既に魔力はほぼ抜けていた。
どうやらこれが、エルハムの命を奪った元凶らしい。
「……たぶん、秘密を喋ったら死ぬようになってたんでしょうね」
「これがコンロンのやり方ってわけか。結局、計画ってのが何なのかはわからなかったな」
「いえ、だいたい見当は付きますよ」
「わかったのか?」
驚いた顔をするライザ姉さん。
クルタさんたちも、それに続いてほうっと目を見開く。
「恐らく、剣には人の心を操る魔法が仕込んであるんだと思います。それで混乱を起こして、その隙をついて仕掛けてくるつもりなんじゃないかと」
「仕掛けるって、まさか……」
「ええ、魔界から人間界への戦争ですよ」
俺がそう言った瞬間、クルタさんたちの顔が凍り付いた。
姉さんもまた思い切り渋い顔をする。
にわかに緊張が高まり、周囲から音が消えた。
俺自身、恐ろしい事態の到来に心が震えているのだろう。
心臓の鼓動が嫌にはっきりと感じられる。
「なるほどね。いよいよ戦いが近づいたから、正体を隠しておく必要もなくなったってわけだ」
「恐らくは。……ねえ、君たち! エルハムから貰ったものとかない?」
「そんなもん、特にないけど……」
「魔除けのランタンぐらいかな?」
そういうと、クシャッとした髪の女の子が部屋に置かれていたランタンを手にこちらへ来た。
俺たちと出会った時に持っていた、青白い光を放つものである。
その魔力を帯びた輝きは、てっきり魔除けのためのものだと思っていたが……。
丁寧に魔力探知をすると、どうにもそれだけではないらしいというのが分かってくる。
「この光、精神に作用するみたいですよ」
「ええ、ほんと!?」
「はい、詳しいことまではちょっとわかりませんけど」
俺はすぐさま、近くに落ちていた布でランタンをくるんだ。
するとクルタさんがどこか納得した顔で言う。
「なるほど、じゃあさっきライザが妙に簡単に騙されたのも……」
「この光のせいでしょうね」
「いくらなんでも、あんな穴だらけの理屈に簡単に騙されすぎでしたからね」
「ああ、あれに騙されるのは子どもだけだろ普通」
「……お前たち、わたしをさりげなく馬鹿にしていないか?」
そういうと、こめかみのあたりをピクピクと振るわせるライザ姉さん。
……まあ、他のみんなが騙されなかったのに姉さんだけ騙されてたからなぁ。
魔法の作用があったとしても、やっぱり脳筋なのは間違いが……。
「ノア、いま妙なことを思っただろう?」
「いや、そんなことは」
「まあいい。それよりも問題は、剣に刻まれた術式についてだな」
「こうなったらもう、回収するしかないよ」
「だが、もう何百本も出回ってるんだろ? んなもんどうやって……」
「何百本どころじゃないよ!」
男の子が声を大にして叫んだ。
彼はそのまま、凄い勢いで話を続ける。
「リーダー、前に言ってたんだ! ラージャ以外にも買い手はいるって!」
「確か、どこかの騎士団が買ったとかも言ってたよね?」
「うん。傭兵団に売れたとかも言ってた」
「これは……思った以上に拡散してますね」
ラージャだけの話かと思ったら、どうやらそうではないらしい。
参ったな、ここまでくると俺たちだけではどうしようもないぞ。
あまりにも規模が大きすぎる……!
「すぐにギルドへ行って、応援を要請しましょう!」
「だが、それで間に合うのか?」
「でも、それ以上にやりようがないですよ!」
「何とか、貴族たちにも知らせられない?」
「冒険者の俺たちが言ったところで、あいつらが動くとは……」
どう対応するのかを巡って、ああでもないこうでもないと議論を始めたクルタさんたち。
ここまでの規模になってしまったら、もはや打つ手は一つしかないな。
事態を収拾できるのは、あの人たちしかいない。
「…………こうなったら、アエリア姉さんたちを呼びましょう」
「皆の力を借りるという訳か」
「ええ。そうするしかないですよ」
「だが、ウィンスターからここまではかなり時間がかかるぞ。間に合うのか?」
姉さんたちの住むウィンスター王都からここまでは、馬車を乗り継いでおよそ一か月かかる。
以前、ライザ姉さんが無茶をして三日ほどで走り切ったこともあったが……。
あれはライザ姉さんが一人だったからできたこと、他の人を連れては不可能だ。
しかし、俺には一つ妙案がある。
「大丈夫、俺たちには大陸最速の知り合いがいるじゃないですか」
「んん?」
「今すぐギルドに行って、水晶球でチーアンに連絡しましょう! グアンさんにお願いするんです!」
こうして俺たちは、急いで水路を出てギルドへと向かうのだった。




