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第八話 小さな商人

「そんなの絶対嘘だから! 適当なこと言ってるだけだから!」


 原価が五分の一なのだから、売値も五分の一にできる。

 そんなの、暴論もいいところだろう。

 そもそも今まで暴利を貪っていたのなら、職人街があんなに一気に衰退するはずがない。

 仕事が無くて困っている職人たちは、とてもたんまりと金をため込んでいるようには見えなかった。

 しかし、すっかり騙されてしまっているらしいライザ姉さんは揺らがない。


「ノア、お前たちこそ騙されているのだ! 職人たちにうまく利用されている!」

「いやいや、そんなことないよ! だいたい、俺たちの方から切り出した話だし!」

「そうは言っても、原価の五倍は納得できん!」


 そういうと、剣を払ってクルタさんを引かせるライザ姉さん。

 どうやら、今まで騙されていたという思いが相当に強いらしい。

 それを見ていたロウガさんが、参ったように額を手で抑える。


「……意外とああいうの、信じるやつ多いんだよなぁ」

「そうなんですか?」

「冒険者は学がねえからな。うまいやり方だ」


 そう言えば、ギルドに行くと読み書きのできない人のための案内板とかあったなぁ。

 計算の出来ない人とかもいるから、そういった人たちを騙すにはあの理屈で十分なんだろう。

 でも、ライザ姉さんはアエリア姉さんがいろいろ叩き込んだので最低限の常識はあるはずだ。

 そこまであっさりと騙されるはずないんだけど……。


「もう、ほんとに脳筋なんだからぁ!!」

「脳筋というほうが脳筋なのだ! クルタも早く気づけ!」

「気づくって何さ!」


 激しく刃を打ち鳴らすライザ姉さんとクルタさん。

 姉さんの方はまだまだ余裕だが、クルタさんの方は結構本気みたいだな。

 キンキンッと金属音が響き、火花が飛び散る。


「あわ、あわわ……!」


 一方、ライザ姉さんに守られる形となった商人はずいぶんと焦った様子だった。

 三人のうち一人は腰が抜けてしまったようで、その場から逃げることすら手間取っている。

 ローブの裾からのぞいた足は細く、尻を引きずる姿は弱々しかった。

 魔族の手先にしては、えらく軟弱というか何というか。

 

「……私がライザさんの気を引きます。その間に、ジークはあの商人たちを抑えられますか?」

「おいおい、ニノじゃ力不足なんじゃねえか?」


 囮を申し出たニノさんに、ロウガさんが心配そうな顔をした。

 すると彼女は、どこか自信ありげな笑みを浮かべる。


「大丈夫です、足止めするだけならいい手がありますから」

「わかりました。お願いします」

「ええ!」


 ニノさんの返事を聞くと、即座に俺は商人たちに向かって飛び出した。

 すかさず姉さんが身を滑らせ、彼らを守ろうとする。

 ――早い!

 ヌルリとした無駄のない動きは、かろうじて目でとらえるのがやっと。

 流石は剣聖、このガードを抜けるのは簡単じゃなさそうだな。

 ……と、俺が思った瞬間だった。


「そりゃっ!!」

「ス、スライム!?」


 地下水路に生息しているスライム。

 それを手に抱えたニノさんが、その半透明な身体をちぎって投げつけて来た。

 そうか、水路に落ちた時に見つけていたのか!

 投げつけられるスライムを見て、姉さんは鎧を溶かされた時のことを思い出したのだろう。

 凄まじい勢いで剣を振るい、片っ端から撃ち落としていく。

 だが当然、そんなことをすれば他はお留守になるわけで……。


「捕まえた!!」

「きゃっ!」


 姉さんの対応が追い付かないうちに、俺は三人いる商人の一人を捕まえた。

 たちまちローブが脱げて、被っていた仮面のようなものもすっ飛んでいく。

 すると驚いたことに、中から現れたのは――。


「子ども?」


 十歳ほどに見えるあどけない顔。

 くしゃくしゃになってしまっているが、髪の長さからして女の子だろうか?

 驚いたな、話の内容からして大人だと思っていたのだけど……。

 予想外の展開に俺が戸惑っていると、他の二人が慌てた様子で声を上げる。


「お、おい! 離せよ! 俺たち、あんたらに何もしてないだろ!」

「そ、そうだよ!」


 恐らくは、仮面の中に魔道具でも仕込んであるのだろう。

 声こそ大人っぽいものの、話している内容はまったく子どもだった。

 これには姉さんたちも驚いたのか、手を止めてこちらを見る。


「君たち、全員が子どもなのか?」

「ちょっと、やめろって!! わっ!」

「やっぱり。じゃあそっちの子も?」

「ぼ、僕は自分で取るよ!」


 俺に無理やり仮面を取られるのを嫌がったのか、最後の子は自主的に仮面を外した。

 クシャッとした髪の女の子に、短髪の気が強そうな男の子。

 そして最後は、丸眼鏡をかけたちょっと大人しそうな男の子。

 三者三様ではあるが、皆、十歳ほどに見える子どもだ。

 とてもとても、魔族の手先か何かのようには見えない。

 

「……まさか、こんな子どもだったとは」

「わかったでしょ? さっきの話はでたらめよ」

「むむむ、すまん」


 流石に、こんな子どもたちが世界の真実を知っているなどとは思わなかったのだろう。

 ライザ姉さんは剣を納めると、俺の方へと近づいて来た。

 そして、子どもたちの顔をズイッと覗き込む。

 その強者特有の覇気に、たちまち子どもたちの顔が引きつった。


「詳しく事情を聞かせてもらおう」

「は、はい!」


 半泣きになりながら、頷く子どもたち。

 彼らはゆっくりと手招きをすると、俺たちを水路の奥へと案内する。


「……さて、何出るかな」


 こうして俺たちは、地下水路の深淵を目指して歩き出すのだった。


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