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第七話 商人と原価

「あー、もうぐしょぐしょ!」

「えらい目に遭いましたね……」


 数分後、俺たちは全員すっかり下水にまみれてしまっていた。

 それだけではない、得体のしれない虫の体液まで付着してしまっている。

 こりゃ、外に出たらすぐに浄化魔法を掛けないと臭いがこびりついてしまいそうだな。

 怪しい商人を探してきただけのはずが、どうしてこうなってしまったのやら。

 

「どうする? このまま商人が出てくるのを待つ?」

「つっても、ここにいるって保証もねえしなぁ」

「この状態のままいるのはキッツイよねえ」

「せめて、問題の商人が出てくる時間とか分かるといいのですが」


 そう言って、懐中時計を取り出すニノさん。

 一応、朝にやってきた冒険者たちが依頼を終えるであろう頃を見計らってきてはいる。

 依頼を終えて帰ろうとする冒険者を狙って、商人が現れるのではないかという予想だ。

 とはいえ、人の出入りはかなり流動的。

 本当に来てくれるのかどうか……。


「ん、あれは?」


 ここで、クルタさんが通路の奥を見ながら言った。

 ぼんやりとした青い灯が、こちらへゆっくりと近づいてくる。

 あの灯はもしかして、魔避けか何かかな?

 通路を照らす青白い光に、微かにだが魔力を感じた。

 街道を行く商人たちが、少しでも身の安全を確保するために使う魔除けの魔道具に似ている。

 

「出て来てくれたみたいですよ」

「さて、どんなやつだ……?」


 警戒を強める俺たち。

 やがて見えてきたのは、フードをすっぽりと被った人影が三つ。

 恐らくは女性なのだろうか、三人とも背丈はかなり低い。

 ニノさんと同じか、それよりも少し小柄なくらいだ。


「そこの冒険者たち、剣はいらないか?」


 灯りを手に先頭を歩いていた人物が、俺たちに声をかけてきた。

 その声は妙にかすれていて、ひどく聞き取りづらい。

 これは、声を変える魔道具か何かを使っているのだろうか?

 普通の人間の声とは思えなかった。


「剣? あんたら、物売りなのか?」

「そんなところだ。主に武器を取り扱っている」

「信用できねえな。何だってこんなところで商売してるんだ?」


 すかさず疑問をぶつけるロウガさん。

 すると良くある質問なのか、商人たちは慣れた様子で答える。


「我々は職人ギルドから追放された者。そのため、このような場所で取引をする」

「ギルドから追放って、胡散臭いなぁ」

「そうだ、どうせ真っ当な商売ではないのだろう?」


 クルタさんとライザ姉さんが、すかさずツッコミを入れた。

 普通の感覚を持つ冒険者ならば、当然するはずの質問である。

 ギルドを追放されるなど、よほどのことをしでかさない限りあり得ない。

 しかし、商人たちは妙に強気な態度で言う。

 

「違う、間違っているのはギルドの方だ」

「どういうことだ?」

「……君たちは、剣の原価率を知っているか?」

「知らん。そもそも原価率とは何だ?」


 堂々と聞き返すライザ姉さん。

 ある種すがすがしいほどの態度だが、少し恥ずかしくなった俺はすかさず説明する。


「原価率って言うのは、売値に対して材料費がどれぐらいかかってるかってことですよ」

「……うーんと?」

「例えばこの剣、一般的な売値は五万ゴールドほどだ。だが、材料として使われている鋼は何と一万ゴールドほどしかしない!」


 どこからか剣を取り出し、急に解説を始める商人。

 それを聞いたライザ姉さんの眼が、たちまち大きく見開かれる。


「な、なに!? 五分の一ではないか!」

「そうだ。一般的な剣や槍などの武具の原価は、だいたい五分の一程度だ」

「馬鹿な、それではぼろ儲けだぞ!!」

「その通り! ギルドに所属する職人たちは冒険者たちを騙して、暴利を貪っている! 本来、剣は五分の一ほどで売れるのだ!」


 商人は畳みかけるように、声を大きくした。

 いやいやいや、それは流石に暴論すぎやしないか?

 仮に鋼が安く手に入ったところで他にもいろいろと経費が掛かる。

 何より、剣を鍛え上げるには量産品といっても相応の時間が必要だ。

 いくらなんでも五分の一というのはちょっと無茶があるだろう。

 流石に胡散臭いと思ったのか、ロウガさんたちも眉をひそめた。

 しかし、姉さんだけは愕然とした顔をしている。


「何ということだ……! 私が武器屋に払った莫大な金は、いったい……!?」

「……ライザ姉さん?」

「これが世界の真実なのだ! 我々は暴利を貪るギルドを離脱した心ある職人たちから武器を仕入れ、冒険者たちに安く売っている。秘密を守ることが条件になるが、剣を買わないか?」


 そういうと、彼らは三人がかりで運んでいた大きな包みを開いた。

 中から、剣や槍といった武具が大量に出てくる。

 青い灯に照らされたそれらの武具は、少し錆びたように黒い色合いをしていた。

 最近あちこちで出回っている剣と同じだ、間違いない……!!

 なるほどな、こいつらの話を信じるかどうかはともかく冒険者たちが何も言わない訳だ。


「やっぱ黒だな」

「うん! 逃がさないよっ!」


 ひょいっと軽い身のこなしで、水路を出るクルタさん。

 驚いて腰を抜かす商人たちに近づくと、彼女は胸元から縄を取り出す。

 だが次の瞬間――。


「なっ!?」

「姉さん!?」


 クルタさんと商人の間に、ライザ姉さんが割って入った。

 いったいどういうことだ?

 事前にちゃんと、姉さんには商人たちを捕まえるってことで話はしていたのに。


「どいてよ、捕まえられない!」

「ダメだ! 私は今真実を知った!」

「え?」

「ギルドの支配から私たちを守ろうとするいい人たちを、捕まえさせるわけにはいかん!」

「…………驚くほどあっさり騙されてるううううぅ!?」


 思わず、ライザ姉さん以外の全員が声を上げるのだった。

 

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[一言] 脳筋ねーちゃんは、どーしょーもないな (-_-メ)
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