第二話 活気のない街
冒険者の聖地として知られるラージャ。
その市街の東部には、武具を扱う職人たちの工房が建ち並んでいる。
俗に職人街と呼ばれるそこは、いつ行っても常に活気のある場所……だったのだが。
「何だか、ずいぶんと静かですね?」
「ああ、えらく景気が悪そうだな」
人通りの多いはずの目抜き通りが、何故か閑散としていた。
おかしいな、こんなのラージャに来てから初めて見るぞ。
冒険者にとって武具はある種の消耗品。
数多くの冒険者を抱えるラージャでは、武具の需要など途絶えるはずがないのだが……。
職人街に行けば、いつもやかましいほどに響いていた槌の音。
それすらもほとんど聞こえない有様に、俺たちは何とも言えない違和感を覚える。
「こんにちは! 投げナイフの在庫ある?」
こうしてバーグさんの店に着くと、すぐにクルタさんが大きな声で尋ねた。
するとたちまち、店の奥からゆっくりとバーグさんが出てくる。
良かった、バーグさんは特に変わった様子はないな。
「お前さんたちか、久しぶりだな! 聖剣の調子はどうだ?」
「ばっちりです。さっきも、変種のリザードを斬ってきました」
「そりゃ良かった。うまく使いこなしてるみてえだな」
「それより親父、この街の惨状は何だ? 何があったらこうなるんだよ?」
店の外を見ながら、渋い顔をするロウガさん。
するとバーグさんはやれやれと肩をすくめていう。
「最近、剣をめちゃくちゃな値段で売る連中が現れてな。どこも商売あがったりよ」
「それで、こんなに街の雰囲気が暗かったんですか」
「ああ。幸い、うちは直接注文してくれる客が多いからまだマシな部類だがな。棚売りしてるようなところは壊滅的だ」
「うわぁ……。でもそれ、法で禁止されてませんでしたっけ?」
安い商品を大量に流して市場を破壊し、競争相手が倒れたところで一気に値上げして暴利を貪る。
一般にダンピングと言われるやり方だが、これはどこの国も法で禁止していたはずだ。
昔、食料品のダンピングが戦争の引き金になったことがあると歴史書で見たことがある。
当然ながらラージャでも規制されているはずだが、バーグさんは困ったように首を横に振る。
「それが、かなり大規模な組織のようなんだがうまく隠れていてな。職人街の皆でいろいろと正体を探ろうとしたんだがどうにもうまく行かねえ」
「その安い剣だっけ? どのぐらいで回ってるの?」
「そうだな、初心者や中級者を中心に数百本は出てるだろうな」
「値段は? 半額ぐらい?」
「五分の一以下だ」
あまりの規模と金額を聞いて、クルタさんは露骨に顔をしかめた。
それだけ大量の商品を赤字覚悟で売りさばける組織など、ごくごく限られている。
これはもしかして……。
何となく嫌な感じがした俺たちは、互いに顔を見合わせた。
「ええっと、投げナイフだったか? ほらよ、これが一番いいぜ」
話題を切り替えるように、クルタさんにナイフを見せるバーグさん。
さっそくクルタさんはそれを手にすると、その場でクルクルと回してみせる。
よほど手になじむのか、彼女はそのまま曲芸師のようにホイホイッとジャグリングをした。
「うん、完璧!」
「そうだろう? ま、今となってはこれを買うのも限られてるがな」
「……このままじゃ職人街が干上がっちまうな。なあ親父、手がかりとかないのか?」
「そうだな、修理に持ち込まれた問題の剣をいろいろ理由を付けて買い取ったものはあるが……」
店の奥に行くと、ガサゴソと棚を漁るバーグさん。
やがて彼は布にくるまれた一本の剣を俺たちに見せてくれた。
これが、破格の値段で売り出されている問題の剣かぁ……。
見たところは特に異変はなく、拵えもなかなかしっかりしている。
「抜いていいですか?」
「もちろん」
鞘から剣を抜くと、仔細に刃を観察する。
一応、鍛造品ではあるのだろう。
名剣に特有の怖いほどの鋭さはないが、粗悪品というほどでもない。
むしろ、使っている鋼の質は平均的な剣よりいいかもしれないな……。
「これが五分の一は驚異的ですね。ただ、ちょっと独特?」
「妙に黒いな。火入れの仕方が違うのか?」
「いや、これは鋼自体の色だ。少し調べてみたんだが、どうも俺たちの使う鋼とは産地が違うらしい。俺も鍛冶屋を初めて長いが、見たことない鋼だ」
となると、ひょっとして東方由来の物だろうか?
東方で鍛え上げられる刀には、タマハガネという特別な鋼が使われると聞く。
俺たちはすぐにニノさんの方を向くが、彼女はブルブルと首を横に振った。
「いえ、これは東方の鋼とも違うと思います」
「大陸の鋼とも東方の鋼とも違うとなると……。まさか、魔界の鋼か」
「……おいおい、そりゃいくら何でも突飛な発想じゃねえか?」
呆れたような顔をするバーグさん。
いくらラージャが魔界と人間界の境界付近にあるからと言って、両者の交流は断たれている。
普通に考えれば、魔界の鋼で出来た剣が大量に流通するはずもなかった。
しかし、俺たちにはある種の確信があった。
俺たちが先ほど思い描いたであろう、例の商会ならば……魔界の物品を扱っても不思議じゃない。
「コンロンならこれぐらいやりかねないよ。というか、あいつら魔族の組織だったんじゃないの?」
「そう考えると、今までの行動も納得がいきますね」
今まで俺たちの前に、幾度となく影をちらつかせてきたコンロン商会。
大陸最大の闇商人とされる彼らが、再び俺たちの前に立ちはだかろうとしていた――。




