第三十八話 爆裂
「豪炎斬っ!!!!」
「また同じか!」
再び豪炎斬を放った俺に、ゴダートはやや呆れたような顔をした。
代り映えのしない攻撃に飽き飽きしたのだろう。
……けれど、その油断が命取りになるのだ。
時を繰り返すように先ほどと同じ動作をするゴダートを見て、俺はほくそ笑む。
そしてすぐさま、聖剣に氷の魔力を流し込んだ。
「あれは……」
「何をする気だ?」
俺の真意を測りかねたのか、外野にいたライザ姉さんやクルタさんが声を上げた。
魔法の種類を変えたところで、変化があるとは思えなかったのだろう。
けれど、俺の狙いはそこではない。
可能な限り早く魔力を練り上げると、そのまま斬撃に乗せて一気に放つ。
すると――。
「なっ!!」
跳ね返された炎の斬撃と一直線に突き進む氷の斬撃。
それがゴダートの目の前で衝突し、弾けた。
炎と氷、相反する魔力が対消滅を引き起こす。
爆轟、吹き荒れる暴風。
周囲の床が吹き飛ばされ、石畳が舞い上がった。
ゴダートは何とか防御の姿勢をとるものの、なすすべもなく壁際へと滑っていく。
離れたところにいた俺も、風圧で身体が持っていかれそうになった。
「……よし!!」
やがて風が収まったところで、俺はうっすらと笑みを浮かべた。
あえて遅い斬撃を放ち、ゴダートがそれを跳ね返した直後に速い斬撃をぶつけて爆発を起こす。
俺の考えた作戦は、驚くほどにうまく行ったようだった。
これも、ゴダートがすべての攻撃を放ったのと同じ速度で返してくると気づいたからできたことだ。
「……馬鹿な! あの無敗の戦争屋が!?」
壁に叩きつけられ、なかなか起き上がろうとしないゴダート。
その痛々しい姿を見て、シュタインが悲鳴にも似た叫びを上げた。
彼はすぐさまゴダートに駆け寄ると、その肩を揺さぶるが反応はほとんどない。
どうやら、爆発の衝撃によって意識が朦朧としてしまっているようだ。
流石のゴダートといえども、あの距離で爆発を食らってはひとたまりもなかったらしい。
「クソ、クソ!! 1億も払ったんだぞ! 仕事をしないか!!」
恐慌状態に陥ったシュタインは、やがてゴダートの身体を蹴り始めた。
まさしく死体蹴りというのが相応しい惨状に、見ていられなくなった俺はすぐに声をかける。
「おい、やめないか」
「ひぃっ!!」
近づいていくと、シュタインは情けない声を上げながら距離を取った。
こうしてゴダートの前へとたどり着いた俺は、すぐさまその首元へと手を伸ばす。
……まだ息も脈もしっかりとしているな。
肋骨が何本か折れているが、命に別状はないだろう。
「飲め」
「……なにゆえに」
俺がマジックバッグからポーションを取り出すと、ゴダートはゆっくりと顔をそむけた。
今更、情けを掛けられるのも苦痛なのだろう。
その眼はどこか虚ろで、生に対する執着というものがまるで感じられなかった。
……何もかも捨てているな。
俺はそう直感するが、だからこそこの男には生きてもらわねばならない。
罪の重さを感じながら、生きて生きて生き抜いてもらわなければ。
それこそが、ゴダートに対する最大限の罰なのだ。
「生きろ。苦しんで苦しんで生きろ。楽に死ぬなんて許されない」
「生き恥を晒せということか。それがしには似合いかもしれぬな」
そう言って、乾いた笑みを浮かべるゴダート。
……何はともあれ、これでひと段落だな。
俺が一息ついたところで、部屋の端から微かにうめくような声が聞こえてくる。
これは……もしかして……!
「ここは……どこですの?」
「アエリア! やっと気づいたのか!」
「ライザ?」
ようやく意識を取り戻したアエリア姉さん。
事態を呑み込めずにきょとんとする彼女に、すぐさまライザ姉さんが抱き着く。
やっぱり姉妹だけあって、相当に心配していたんだなぁ。
俺もすぐさまアエリア姉さんの元へと歩み寄ると、彼女に水筒を差し出す。
「どうぞ」
「……ありがとうございますわ」
水を口に含むと、アエリア姉さんはいくらか落ち着いた表情をした。
そして自身に何が起きたのか、状況を整理するように呟きながら周囲を見渡す。
「ええっと、ゴダートの部屋を訪れた後で……後ろから殴られて……」
「シュタインが姉さんを人質に取ったんです。何か覚えていますか?」
「いえ、いきなり殴られたのでとくには。それより、ここはどこですの?」
「闘技場の地下だよ。古代の魔族とやらが封印されてた場所」
「ま、魔族!?」
クルタさんの口から出た魔族という言葉に、ビクッと肩を震わせるアエリア姉さん。
すかさず、ライザ姉さんが笑いながら言う。
「大丈夫だ。今その魔族は力を失っているから、すぐに叩けば問題ない」
「そうなんですの?」
「ええ。俺がすぐにこの聖剣で……ん!?」
にわかに、空間全体が揺れた。
それと同時に墨を思わせるような黒く禍々しい魔力が床から湧き上がってくる。
これはもしや、ジンの魔力か……!?
ありえない、さっきの様子だとまだまだ回復には時間がかかるはずだ。
こんな急激に復活できるはずがない……!
俺の焦りをよそに、どす黒い魔力はうねりながら膨れ上がっていく。
「どうして!? まだ時間はあったはずだよ!」
「ありえん、奴は確かに瀕死になったはずだ」
「ははははは! 偉大なるジンよ、わが命を食らえ!!」
狂気を孕んだ声に、慌てて振り返る俺たち。
するとそこには、胸元にナイフを突き立てたシュタインの姿があった。
まさか、自らの血を魔力に変えてジンの回復を早めたのか……!!
半ば洗脳されていたとはいえ、ここまでのことをするなんて。
予想外の行動に、俺たちは呆気に取られてしまう。
「さあ、復活だぁ!!」
「まずい、崩れるぞ!! 逃げろ!!」
「姉さん、捕まって!! クルタさんも!」
やがて崩落し始めた空間。
俺たちは大慌てで逃げ出すのであった。




