第三十七話 完全を打ち破れ!
「ノア、必ず勝てよ。二人は何とか私が守るからな……」
アエリア姉さんたちを保護し、壁際へと移動させるライザ姉さん。
その身体はまだ十分に回復していないようで、足取りはひどく重々しい。
しかし、その言葉には有無を言わせぬほどの強い思いが込められていた。
同じ剣士として、道を踏み外したゴダートに対して何か思うところがあったのかもしれない。
「ははは、来い! 全身全霊を掛けて、そなたを破ってみせよう!」
「……なら、こちらもいかせてもらおうか!」
こうなれば、奥義を正面から打ち破るよりほかはない。
それこそがゴダートを正す唯一の方法だろう。
そもそも、今のまま戦い続けていてもいずれ負けるのは眼に見えている。
ならば、死中に活を求めるしかない……!!
「はあああぁっ!! 豪炎斬!!」
「きたかっ!!」
剣に炎を纏わせ、斬撃を放つ。
暗闇を飛ぶその姿は、さながら翼を広げた炎の鳥。
燐光を放つその軌跡は美しく、神々しさすら感じさせた。
それを見たゴダートは素早く刀を下げて奥義の構えを取る。
その動きは、キクジロウのものとは比べ物にならないほどに洗練されていた。
「奥義・鏡返し!!」
「…………!!
俺はあえて、技が跳ね返ってくるギリギリまで防御の体勢を取らなかった。
いかなる過程を経て、技をそっくりそのまま跳ね返すという驚異的な事象を成しえているのか。
ゴダートが振るう刀の動きを、可能な限り目で追いかける。
集中のあまり、少しばかり時が遅くなったようにすら感じられた。
しかし――。
「ぐあっ!!」
くそ、やっぱり一発で見極めるなんて不可能か!
防御の遅れた俺は、強烈な一発を貰ってしまった。
技の熟練度も完成度も、やはりキクジロウの数段上を行くな。
完全に俺が放った技をそのまま跳ね返されてしまっている。
「……くっ!」
「ふ、ただ撃つだけでは破れんぞ」
「まだまだっ!!」
ここで諦めてしまっては、全く意味がない。
何としてでも何かしらの糸口を見つけなくては。
俺はもう一度、魔力を高めて魔法剣を放つ。
「豪炎斬っ!!」
「何度しても同じことよ。はあぁっ!!」
放った炎が、再びゴダートによって跳ね返される。
鏡返しとはよく言ったもので、俺が放った炎の斬撃が形を崩すことすらなく戻ってくる。
――これを本当に破ることができるのか?
一回目とほぼ変わらないゴダートの動きを見て、疑念が高まる。
未熟なキクジロウとは異なり、技を跳ね返した際の負担はやはりほとんどないらしい。
奥義を何度か撃たせて、体力を消費させるというのも難しいだろう。
「……なら、これでどうだ!」
「む?」
俺は連続して二発の魔法剣を放った。
一発目の魔法剣を跳ね返した後、ゴダートが体勢を整え切る前に二発目を当てるという寸法である。
いかに完成された奥義といえども、所要時間というものがある。
その隙をついてしまえば、どうにかなるかもしれない……!
しかし、ゴダートは俺の予想に反した動きを見せる。
「嘘っ!?」
一発目と二発目の間はごくわずか。
だがそれにもかかわらず、ゴダートは完璧に技を跳ね返してきた。
おいおい、ほぼ瞬時に技を出すことができるってことか!?
俺は驚愕しつつも、とっさに横に跳んでかわす。
しかし、かわし切れずに炎が足に当たってしまった。
「くぅっ!!!!」
「ふん、我が奥義はそうそう簡単に破れはせぬわ」
「……破られることを望んでいるくせに」
「そなたに力が無ければ、ここでひねりつぶすまでよ!」
攻守交替とばかりに、今度はゴダートの方が距離を詰めてきた。
その踏込みはまさしく神速。
ライザ姉さんを思わせるそれに、俺は刃を合せるのが精いっぱいだった。
怒涛の連撃に押された俺は、そのまま壁際までじりじりと追い詰められていく。
「くそ……!!」
「ははは、もう逃げ場がないぞ!」
やがて、背中が壁に当たった。
冷たく硬い感触に、俺はたまらず冷や汗を流す。
いよいよ後が無いことが、嫌でも理解できた。
聖剣を抜いてさえ、ゴダートの奥義は破れないのか……!?
いや、考えろ、考えるんだ。
どんな奥義にだって、絶対に破る方法はあるはず。
思考を停止してしまっては、それこそゴダートの思うつぼだ。
「どうした? 次の手はないのか?」
「……うるさい!」
「どんどんと打てば、そのうちそれがしも奥義に失敗するかもしれないぞ?」
どんどん打てばなんて、そんな単純な物でもなかろうに。
俺は牽制のために飛撃を放つが、これまたすぐに跳ね返されてしまった。
まったく、機械じみた正確性だ。
三回目だというのにまったく乱れが無い。
……いや、けどこれはもしかして利用できるかも。
ゴダートの驚くほど精密な動きを見た俺は、とある可能性に気付く。
「……よし」
「む?」
俺の変化を察したのか、ゴダートの眼つきが険しくなった。
警戒して距離を取った彼に向かって、俺は再び魔法剣の構えを取る。
……恐らく、今度失敗すればもうチャンスはない。
ゴダートの技量と性格からして、同じ手は二度と通用しないだろう。
加えて、俺自身もそろそろ限界だ。
炎に焼かれた足に鈍痛が走り、集中力を奪われている。
「勝負だ、これでお前の奥義を破る!」
こうして、渾身の魔法剣を放つ俺。
いよいよゴダートとの決着の時が迫っていた――!




