第三十五話 怒りの刃
「……これが真の実力なのか!」
奥義を打たせまいと、俺はゴダートに対して接近戦を挑んだ。
しかし、双刀を手にしたゴダートの動きは恐ろしく俊敏。
加えて、剣舞と称するのが相応しいしなやかな身のこなしにはまったく無駄がない。
心持はどうあれ、彼はまさしく老獪で完成された達人だった。
「お得意の魔法剣とやらは見せてくれないのか?」
「……そうしたら、跳ね返すつもりだろう?」
「ほう、キクジロウから奥義のことでも聞いたか」
どこか楽しげな顔をするゴダート。
自身の情報を敵である俺に知られたというのに、悔しいほどに余裕のある態度だ。
「ならば話が早い。そなた、我が奥義を破れるか?」
「さあ。これから考えるところ!」
「……それは残念だ。ちと期待していたのだがな」
そうつぶやくゴダートの表情は、妙に憂いを帯びていた。
……俺のことをからかっているのか?
その表情の理由がわからない俺は、警戒感を強める。
「少し速度を上げよう。ついてこれるか?」
「こっちのセリフだ!」
一段と速さを増すゴダート。
その剣戟の嵐に俺はどうにか食らいついていき、何とか攻撃を加えていく。
――ライザ姉さんのおかげだな。
実家にいた頃は毎日のように繰り返されていた姉さんとの特訓。
この速度に至っても俺が反応できているのは、紛れもなくあの地獄の日々のおかげだった。
当時はやり過ぎだと思っていたが、まさか姉さんの他にもこんなとんでもない強敵がいたとは。
世界というものは、やっぱり広い!
「どりゃあああっ!!」
「むっ!」
――このままではいずれジリ貧となる。
そう悟った俺は、まだ余裕があるうちに攻勢を仕掛けた。
これには流石のゴダートも、僅かばかり焦った表情をする。
「面白い。やはりそれがしを倒すのは、そなたかもしれん」
「……何を言っている?」
「ははは、細かいことは気にするな!」
高らかに吠えるゴダート。
クソ、こいつの力は底なしなのか……!?
俺が攻めきれないところで、今度はゴダートの方が技を仕掛けてくる。
「青天流……かまいたち!」
「なっ!?」
先日、キクジロウが大剣神祭で見せた飛ぶ斬撃。
それをゴダートは近距離からいきなり放ってきた。
おいおい、予備動作とかないのかよ!?
加えて、斬撃の威力自体もキクジロウとは比較にならないほどに高い。
俺はとっさに距離を取り、射線から逃れるので精いっぱいだ。
「ははは、まるであの試合の再現だな! ほれ、魔法剣を撃ってみろ!」
「……撃てないことを分かっているくせに!」
「やってみなければわからんぞ?」
わざと攻撃の間隔を空けて、隙を見せるゴダート。
明らかに俺の魔法剣を誘っていた。
けど、何の対策もなしに撃っても確実に跳ね返されてしまうだろう。
一体どうすれば……!!
俺が考えを巡らせていたところで、こちらの様子を伺っていたクルタさんが動く。
「ボクのこと、忘れないでよ!」
「ぬぅ、ネズミが来たか!」
突然の参戦に驚きつつも、即座に対応するゴダート。
だがその瞬間、クルタさんが懐から何かを投げつけた。
あれは……粉薬か何かか?
たちまち白いもやのようなものが周囲に広がり、ゴダートの視界が奪われる。
「ふふふ、丸見えだよ!」
周囲に浮遊する粉のおかげで、飛ぶ斬撃の軌道がはっきりと見えるようになった。
クルタさんはそれらの合間を掻い潜ると、瞬く間にゴダートとの距離を詰める。
流石はA級冒険者、ずっとこの機会を伺っていたのか……!
感心する俺をよそに、クルタさんはナイフで強烈な一撃を入れようとした。
だが次の瞬間――。
「かぁっ!!!!」
「あわっ!?」
「クルタさん!!」
気迫と共に、ゴダートの剣が宙を薙いだ。
たちまち衝撃波が放たれ、クルタさんの身体が吹っ飛ぶ。
そのまま壁に叩きつけられた彼女は、けほっと吐血してしまう。
「あたた……」
「大丈夫ですか!?」
「平気、気にしない……んぐ!?」
俺の問いかけに応えようとしたところで、クルタさんの口をシュタインが塞いだ。
彼はニタァッと不敵な笑みを浮かべると心底愉しそうに言う。
「動きを止めろ! この女が殺されたくなければ、剣を捨てるんだ!」
「お前……!!」
「よくやったぞ、ゴダート。これで勝利は確実だ」
「動きが無いと思えば、これを狙っていたのか!」
怒りのあまり、全身が熱くなるようであった。
王子ともあろうものが、戦いの最中にこれほどまでに卑怯な真似をするとは。
しかしシュタインは、悪びれる様子もなく言う。
「狙っていたわけではないがね。だが、人質を取れるチャンスがあれば取った方が確実だろう?」
「貴様には……プライドというものが無いのか……!」
「勝てるならば手段は選ばないさ」
ライザ姉さんの質問にも、あっさりとした返答をするシュタイン。
彼は己の行為を恥じるどころか、どこか自慢げな様子で言う。
「さあ、さっさと私の言うことに従え! 武器を捨てろ!!」
「……!」
「ノア……!? やめろ、言うことを利くな!」
俺は剣を手放し、地面へと投げ捨てた。
その行動にライザ姉さんやクルタさんは驚き、顔を引き攣らせる。
だがすぐに俺は、懐へと手を差し入れて――。
「お前たちだけは、必ず斬る!!」
今だ制御ができないゆえに封印していた聖剣。
それを数か月ぶりに引き抜いたのであった。




