第三十一話 手紙
「さっそく開けてみましょう」
シュタイン殿下の印が押されていると聞いて、俺はやや緊張しながらも封を開いた。
そして手紙を取り出すと、皆に文字が見える様に広げる。
「えっと……。アエリアの身柄は預かった、明日の朝までに闘技場の地下に来られたし……ですか」
「やっぱり、アエリアさんは奴らの元にいるってことだね」
「よし、そうと決まれば早速行くぞ! ぐずぐずしてはおれん!」
さっそく、部屋を出て行こうとするライザ姉さん。
普段は言い争いをすることも多い姉さんたちだが、やはり血の繋がった姉妹である。
その身柄を相当心配していたのか、珍しく焦っているようであった。
取るものもとりあえず動き出した彼女を、俺は慌てて制止する。
「ちょっと待って、罠かもしれない! それに、あの闘技場に地下なんてあったっけ?」
「む? 言われてみれば……私も聞いたことがないな」
「……いえ、あります。厳重に封鎖されていますが、闘技場の下には大きな洞窟があるのです」
意を決するように、ゆっくりと告げるメルリア様。
それを聞いたライザ姉さんは、少し驚いたように目を丸くする。
「そのようなこと、剣聖の私も初めて聞きましたが」
「王族ですら原則として立ち入り禁止なのです。しかも、禁止なのか記録すら残されていなくて」
「記録すら?」
「はい。ただ、先代の時代に一度だけ調査が行われたことがございまして。その時は、特に異変などはなかったそうなのです」
そうは言っても、どうにもキナ臭い話だな……。
のこのこと出かけてしまって、本当に大丈夫なのだろうか。
最悪、よくわからない洞窟に俺たちを閉じ込める気かもしれない。
俺は意見を求めるように、みんなに目配せをした。
するとクルタさんが、意を決するように言う。
「行くしかないんじゃないかな? 他に手がかりもないし。たぶん、この状況になったらゴダートも明日の準決勝には出てこないだろうしね」
「私もお姉さまの意見に賛成です。多少のリスクは取るべきかと」
「そうですね。じゃあ、クルタさんたちはここでメルリア様を保護していてください。俺と姉さんで行ってきます」
「ボクも行かせてよ。洞窟探索になったら、冒険者経験の長いボクが得意なはずだよ」
どこからともなくナイフを取り出し、クルクルッと回して見せるクルタさん。
確かに狭い場所での戦闘となればナイフ使いの彼女が有利だろう。
加えて、サバイバルの知識もいろいろと心得ている。
洞窟内で何かあった時に助けとなってくれるのは間違いなさそうだ。
「恐らくですが、兄上は私にはまだ手を出してこないと思います。ですので、護衛はお二人がいれば十分です」
「おう、任せとけ! 姫様は俺が命に代えても守るさ」
「騎士にでもなったつもりですか?」
「男ってもんはな、生まれた時から女を守る騎士なんだよ」
「……うわぁ」
気障っぽいセリフを言うロウガさんから、ニノさんがスゥッと距離を取った。
それに合わせるように、クルタさんや姉さんも一歩下がる。
「おいおい、そんなに引くなよ!」
「そうです。夢見るのは自由なのですから、批判はいけませんよ」
「……姫様のフォローが、何故か一番効いたぜ」
「えっ!?」
胸を押さえ、大げさな仕草で痛がるロウガさん。
彼の様子を見て、メルリア様はわたわたと慌て始めた。
……こんな時まで騒々しいのだから。
俺はやれやれとため息をつきつつも、少しばかり心がほぐれたような気がした。
「……とりあえず、行きますか。アエリア姉さんを迎えに」
「ああ、急ごう」
「闘技場の地下へは三番通路の奥から入れます。この時間帯ならば警備もいないはずです」
「ありがとうございます」
メルリア様の言葉にうなずくと、俺たち三人はそのままゆっくりと部屋を出た。
こうして闘技場へと向かって走りだすと、すぐに何やら異様な気配が伝わってくる。
これは……冷気か何かか?
足元がひやりとして、背筋がぞくりとした。
「嫌な気配だな」
「ええ、地下から来ている……?」
「やっぱり、例の洞窟には何かありそうだね」
胸騒ぎを覚えつつも、さらに急ぐ俺たち。
するとやがて、街並みの奥に闘技場が見えてきた。
その黒々とした姿は威圧感があり、昼に見るのとは全く印象が異なっている。
月影に照らされた大きな石壁は、どこか物悲しい色を帯びていた。
「……魔力を感じる」
「本当か?」
「うん。これは……真の魔族って奴に似てる?」
数か月前、ララト山で対峙した真の魔族を名乗る存在。
闘技場の周囲に漂う魔力は、あの禍々しいものによく似ていた。
それを聞いたライザ姉さんは、たちまち表情をこわばらせる。
「もしあれが関わっているなら、相当にまずいな」
「ねえ、真の魔族って?」
「ララト山での一件の黒幕ですよ。まさか、他にもいたなんて」
とにかく、一刻も早く洞窟へと向かわなければ。
アエリア姉さんは、俺たちが思っていたよりも厄介な事態に巻き込まれているかもしれない。
俺たちは改めて気を引き締めると、メルリア様に教わった三番通路へと急ぐのだった。




