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第三十話 暗転

「どうしたものかねぇ……」


 闘技場から宿へと戻る道中。

 先頭を歩くロウガさんが、困ったように呟いた。

 それに同意するように、ライザ姉さんもまたふうっと息を吐く。

 剣聖である彼女には珍しい、弱気な態度だ。


「……こうなったら、戦っていく中で弱点を探るしかないな」

「うん。どんな技だって、完全ではないはずだからね」

「あのキクジロウが攻略法を見つけられなかった辺り、完成度は高いようだがな」


 そうつぶやいたところで、ライザ姉さんはふと足を止めた。

 どうしたのかと思って前を見れば、宿の前に黒いフードを被った人物が立っている。

 周囲を伺うようなその様子は、間違いなくメルリア様だった。


「驚いた。またいらしたのですか?」

「ええ。とりあえず、中に入りましょう」


 こうして、俺たちはメルリア様と共に宿の中へと入った。

 そしてすぐに部屋のドアを締め切ると、周囲に誰もいないことを確認する。


「こっちは大丈夫そうだよ。窓の外は?」

「特に誰も居ませんね」

「ふぅ……まずは一安心だな」


 ほっと一息ついたライザ姉さん。

 しかし、表情を緩めたのも束の間。

 彼女はすぐに険しい顔をしてメルリア様との距離を詰める。


「前にも言ったでしょう? 一国の姫が、軽々しく一人で行動なさらないでください」

「わたくしの立場は分かっています。ですが、どうしてもお知らせしたいことがありまして」

「……いったい何なのですか?」

「シュタインが昨日から姿をくらませたのです」


 アエリア姉さんに続いて、シュタイン殿下までもがいなくなった?

 ひょっとして、アエリア姉さんの失踪にはゴダートだけではなく殿下も絡んでいるのだろうか。

 けれど、いったいなぜ殿下がアエリア姉さんを攫う必要がある?

 これから国王の座を得ようとする人物が、そんなリスキーなことをして何になるというのだ?

 俺は少し混乱しつつも、メルリア様にこちらの事情を説明する。


「そうですか。実は、こちらも昨日からアエリア姉さんが行方をくらませてまして。ゴダートとの関連が疑われているのです」

「えっと、どなたのことでしょう?」

「フィオーレ商会の会頭です。メルリア様も会ったことがあるかと」

「ああ、あのアエリア様ですか! 言われてみれば、大会を観戦すると言っておられたのに今日は姿を見ませんでしたね」


 思い出したように首を傾げるメルリア様。

 やはり彼女もまた、アエリア姉さんの行方については知らないようである。

 だがこれではっきりした、姉さんは間違いなく何かしらの事件に巻き込まれている。


「恐らくは、アエリアの失踪もシュタイン殿下が行方をくらませたことと何かしら関係があるはずです。殿下が行きそうな場所などに、心当たりはありませんか?」

「それが、むしろ多すぎるぐらいで……。すでに叔父上の指示で、兵士たちが捜索に出ておりますし」

「では、シュタイン殿下が姿をくらませる前に何か変わったこととかはありませんでした?」

「実はそのことについてなのですが、かなり重大なことがありまして」


 最初からそれを伝えるつもりだったのだろう。

 メルリア様は軽く息を吸うと、一拍の間を置いた。

 そしてどこか重々しい口調で告げる。


「叔父上が、ゴダートの人格と行動を問題視しまして。仮に優勝しても、剣聖として認めるか保留したいと言い出したんですよ」

「え? けど、大剣神祭に優勝すれば必ず剣聖になれるはずですよね?」


 大剣神祭に優勝したものは剣聖を名乗る資格が与えられる。

 これは大会の絶対的なルールであるはずだった。

 しかし、メルリア様はゆっくりと首を横に振る。


「それが、大会のルールをもう一度詳しく確認したところ国王に拒否権があったようなのです。現在までに発動されたことは一度もないのですが、ルール上は可能なようでして」

「おいおいそりゃまた……前提が完全にひっくり返っちまうじゃねえか」

「はい。兄上も全く予想外だったようで、激高していましたよ。ですが叔父上は国王の権利と言うことで一蹴されて」


 なるほど、それで行方をくらまして何かしらの手段を取ろうとしているということか。

 けど、そもそもシュタインはゴダートを剣聖にして何がしたかったんだ?

 確かに剣聖を自らの手ごまとすることが出来れば、国王就任の大きな助けとなるだろう。

 だが、そのためだけに早期の大会開催を無理やりに強行したとも思えない。

 それ以上の理由が何かあるはずなのだが……。


「いよいよややこしくなってきたね」

「けど、ひょっとしたらゴダートのやつも撤退するかもしれないぜ? 剣聖になれねえなら、もう大会に出る理由もねえだろうよ」

「ゴダートが試合出場しなかったら、アエリアさんの手掛かりが途絶えてしまいます」

「ああ、それもそうか……」


 ニノさんに冷静な突っ込みを入れられ、考え込んでしまうロウガさん。

 今となっては、ゴダートが大会に出てこないのもそれはそれで困る。

 試合に勝利して、アエリア姉さんの行くを聞きださなければならないのだから。


「どうする? 今のうちにゴダートの宿に行って、身柄を押さえるか?」

「こうなると、そうするしかないかも」


 俺がそう言ったところで、いきなり部屋のドアが乱暴に叩かれた。

 こんな時に、いったい誰だ!?

 メルリア様が部屋にいるということもあって、にわかに緊張感が高まる。

 

「……なんですか?」

「宿の者ですが、手紙が届きましたので」

「手紙?」

「はい。すぐに渡してくれと」


 ドアの向こうから聞こえてくるやや甲高い声は、宿で働く少年のものだった。

 既に何度か挨拶をしているので、聞き覚えがある。

 俺は念のためメルリア様を奥に庇いつつも、ゆっくりとドアを開いて手紙を受け取った。


「……何だか、ずいぶんといい紙ですね」


 蜜蝋でしっかりと封の為された手紙は、手にしっとりと馴染むようで高級感があった。

 それを見たメルリア様が、たちまち声を上げる。


「その蝋に押された印は兄上のものです!」


 これは、思わぬ方向に話が転がり始めたな。

 その場にいた誰もが、とっさに息を呑むのだった。


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