第二十八話 盗人
「そうですか、やっぱりいない……」
試合終了から小一時間後。
ポーションによってある程度回復した俺は、クルタさんたちと共に貴賓席を訪れていた。
ライザ姉さんの顔が効いたため、一般人の俺たちでも中に入れてもらうことが出来たのである。
そこでまだ詰めていた警備兵に話を聞いたものの、アエリア姉さんの手掛かりは得られなかった。
「少なくとも、私がいる間にそれらしき人は見なかったかな」
「いつ頃から詰めていたんですか?」
「えっと、第二試合が始まった頃かな」
「そうなると、最初からいなかったのかもしれないな」
警備兵の言葉に、うーんと渋い顔をするライザ姉さん。
開会式と第一試合だけを貴賓室で見たというのも、確かに考えにくい。
それならば朝から居なかったとする方がよほど自然だ。
これはいよいよ、事件が起きたとみてまず間違いないだろう。
けれど、一体どうしてアエリア姉さんが……?
「そう言えば、アエリアさんってジークの出場を辞めさせるようなこと言ってたよね? それと何か関係があるんじゃない?」
「手がかりと言えばそれぐらいだが、一体何をしようとしたのか……」
「ひょっとして、大会を主催した第一王子に働きかけようとして捕まえられたとか?」
そうに違いないとばかりに、声を大きくするニノさん。
可能性としては、一番高そうな気はするけれど……。
怪しい噂があるとはいえ、仮にも一国の王子がそのようなことするだろうか。
まして、姉さんは各国の王侯貴族ともつながりの深い大商人である。
それを捕まえるなんて、相当にリスクが高いはずだ。
「……うーん、とりあえず支店を尋ねてみますか」
「それしかないな。場所は分かるか?」
「ええ。だいたいは」
こうしてフィオーレ商会の支店を訪れることにした俺たちは、貴賓室を後にした。
すると控室の前を通りがかったところで、呆れたような声で呼び止められる。
「おい、どこに行っていた?」
「あ、キクジロウさん」
振り返れば、声の主はキクジロウであった。
……ああ、そうか!
後で話があるって言っていたな!
アエリア姉さんのことですっかり忘れてしまっていたが、試合中にきちんと約束したのである。
「すいません、ちょっと今は話どころじゃなくて」
「どうかしたのか?」
「実は、観戦に来ていたはずの姉が行方不明で……」
俺がそう言うと、キクジロウの眉間にスウッと深い皺が寄った。
彼は周囲に俺たち以外の人間がいないことを確認すると、そっと顔を寄せて言う。
「ひょっとしてその姉と言う人物……長い金髪で、派手なドレスを着ていたか?」
「……ええ、そうですよ」
「ならばその者、昨夜、ゴダートの宿屋の前ですれ違ったぞ」
「ほんとですか!?」
思わぬ情報に、俺は大きな声で聞き返した。
その勢いにキクジロウは少し動揺するが、すぐに落ち着いた様子で言う。
「嘘などついてどうする。昨日、ゴダートの宿から帰る時に見た」
「……ひょっとすると、一番厄介そうなゴダートに直接話を付けに行ったのか?」
「あり得るね。ゴダートは第一王子に金で雇われてるだろうし、もっとお金を積めば出場を辞退してくれるって考えたとか」
ピッと指を立てながら、自身の仮説を述べるクルタさん。
確かに、昨日の雰囲気ならそれは十分にあり得るな……。
王子がどれだけの金で雇っていたかは分からないが、姉さんなら倍でもすぐに出せるはずだし。
金で解決できるのならば、やらない理由があまりない。
「それでゴダートのところに行って、捕まったってことか」
「うん。アエリアさんを人質にすれば、リスクはあるけどもっとたくさんお金を取れるって思ったんじゃない?」
「お金が欲しいなら、そういう発想はあり得ますね」
「となると、うまいことゴダートからアエリアを取り戻さなきゃならねえってことか」
腕組みをして、困った顔をするロウガさん。
あの抜け目のないゴダートから姉さんを取り戻そうと思ったら、相当に大変そうだ。
試合ではないので、ライザ姉さんの力を借りることもできるが……。
仮にそうだとしても、決して油断はならないだろう。
さて、どうしたものか……。
俺が頭を悩ませていると、キクジロウがやれやれとした口調で言う。
「ゴダートと事を構えるつもりなら、拙者の話を聞け。決して無駄にはならんはずだ」
「……そう言えば、キクジロウさんはゴダートにやたらと敵意を燃やしてましたね」
「ああ、そのあたりも含めて説明しよう。こっちへ来い」
そう告げると、キクジロウは俺たちに控室の中へと入るように促した。
そして外から見られない個室へと俺たちを誘導すると、さらにしっかりと扉に鍵をかける。
よほど聞かれたくない話なのだろう、ずいぶんと厳重だ。
「……それで、話とは何なのだ? ゴダートとそなたとは何の関係がある?」
じれったくなってきたのだろう。
キクジロウが戸締りを確認したところで、ライザ姉さんが口火を切った。
すると彼はふうッと大きく息を吸い込み、わずかに逡巡したのちに語り出す。
「あの男はもともと、拙者の兄弟子でした。それが師を殺し、技を奪って大陸へと逃げたのです。名も、本当はゴロウタと言う」
思いもよらぬゴダートとキクジロウの繋がり。
たちまち俺たちは眼を見開き、彼の話に聞き入るのだった。




