第二十六話 あっけない決着
跳ね返ってきた炎の斬撃。
かき消すならともかく、こちらに返してくるなんて!
あまりに予想外の展開に、俺はわずかながら反応が遅れてしまった。
しかし、自分で放った技で倒れるわけにもいかない。
とっさに風の魔力を纏うと、炎と斬撃の威力をどうにか殺す。
「……まさかこんな技があるなんて」
吹き飛ばされながらも、俺は何とか舞台上に踏みとどまった。
けどまずいな、肋骨が一本持っていかれたか……。
肺を焼くような鈍痛に、たまらず表情が歪む。
後でポーションを飲めば治る範囲だが、戦闘への支障は大きい。
痛みによって、少なからず集中を乱されてしまう。
けれど、キクジロウも無傷とはいかなかったようだ。
「くっ……! やはり拙者の腕では……!」
技をそのまま跳ね返すなど、相当に無理があったのだろう。
キクジロウの右腕が裂けて、血が流れ落ちる。
骨は折れていないようだが、かなりの深手だな。
キクジロウは袖をちぎって包帯の代わりとするが、すぐに血で赤く染まる。
――こちらもかなり重症だが、これで勝負は分からなくなったな。
俺がそう思った瞬間、キクジロウが司会者の方を見ながらスッと手を上げた。
「……負けだ。この勝負、拙者の負けで良い」
「おおっと!!!! これは驚きの展開だぁ!! 降参、まさかの降参宣言です!!」
「なっ! ここで!?」
予期せぬ行動に、俺はたまらずキクジロウに詰め寄っていった。
確かに、彼は重傷だ。
試合続行が困難と判断するのもわからないではない。
だが俺だって、骨を一本持っていかれてしまっている。
そのことにキクジロウも気づいているはずだ。
まだ十分に勝機はあるというのに、どうしてここで諦めてしまうのか。
俺が疑問を投げかけようとすると、キクジロウはスッと手で制していう。
「話がある。あとで、控室でゆっくり話そう」
「……わかった」
思いがけないほど冷静なキクジロウ。
そのどこか冷めたようにすら感じられる言葉に、俺はゆっくりと頷いた。
これ以上、勝負を続けても意味がないということが感覚的に分かったためである。
キクジロウの思考は既に、俺と決着をつけること以外に向けられているようだった。
「ジーク選手、キクジロウ選手の宣言を受け入れました! 決着であります!!」
急展開に、反応が遅れる司会者。
彼が高らかに宣言すると同時に、それまで様子を見ていた観客たちも騒ぎ始める。
中には、半ば棄権したキクジロウに対して怒り出す者までいた。
恐らくは、キクジロウに賭けていた者たちだろう。
しかし、そこかしこから聞こえてくる怒号の数々もどこ吹く風。
キクジロウは司会者に軽く会釈をすると、すぐに控室へと戻っていく。
「……話したいことって、何だろう?」
俺もまた、キクジロウに続いて控室に戻っていった。
するとたちまち、クルタさんたちが声をかけてくる。
表情を見る限り、彼女たちも試合の展開に困惑しているようだった。
「ねえ、いったいどういうこと? 何か話してたようにも見えたけど」
「うん。あとで話したいことがあるって」
「……もしかすると、ゴダートに関することかもしれんな」
そう言って、キクジロウの方へと視線を向けるライザ姉さん。
彼女もまたキクジロウがゴダートに殺気を放っていたことには気づいていたらしい。
まぁ、あれだけ気配を放っていれば当然と言えば当然か。
むしろ、今はそのことよりも……。
「……あたた! ポーション貰えますか?」
「ちょっと待ってて! すぐに係員さんに貰ってくる!」
「まったく。あの程度の相手に骨を折られるとは情けない」
「そうは言ったって、技を跳ね返してくるなんて予想できないよ」
「だとしても、お前の反応が早ければ避けられたはずだ」
そう言うと、姉さんはその場でサイドステップを踏んだ。
その動きは驚くほどに早く、残像が見えると同時にビュンッと風切り音が聞こえる。
……これを俺にもやれということか?
いや、とっさにこんな動きをできるのはライザ姉さんぐらいだろう。
俺もいくらか時間を掛ければ加速はできるが、いきなりこの速度は無理だ。
明らかに人間の反射速度を超えている。
「はい! えへへ、一番高い良いやつを貰って来たよ!」
やがてクルタさんが、ポーションを手に戻ってきた。
俺はすぐさま彼女から瓶を受け取ると、中に入っていた青い液体を飲み干す。
ポーション独特の不自然な甘ったるさが、たちまち口の中を満たした。
……流石に、ファム姉さんの作るものと比べると質は落ちるな。
だが、クルタさんの言う通りかなり良いものではあるらしい。
身体全体がじんわりと暖かくなり、脇腹の痺れるような痛みが弱まっていく。
「……ふぅ、これで何とか治りそうだ」
「今日のところは早く休むのだな。明日の準決勝に障りがある」
「もちろん。キクジロウから話を聞いたら、たっぷり食べて寝て体力を回復させないと」
こうして一息ついたところで、俺はふとあることに気付いた。
……あれ、アエリア姉さんが来ていない?
アエリア姉さんの性格からして、俺が怪我をすればすぐに様子を見に来るはずなのに。
貴賓室の方で、何かトラブルでも起きたのだろうか?
いや、例えそうだとしてもこっちにすっ飛んでくるはずだよな……。
昔、俺が風邪を引いたときには国王様との面会をキャンセルして家に残ったぐらいだし。
「アエリア姉さんって、試合中とか様子を見に来た?」
「いや、そう言えば見てないな。ノアが怪我をしたというのに、妙だな……」
「確かに。アエリアさんの性格的に、乗り込んできそうだよね」
クルタさんの言葉に、うんうんと頷くロウガさんとニノさん。
彼らはきょろきょろと周囲を見渡すが、一向にアエリア姉さんが姿を見せる気配はない。
……一体、アエリア姉さんに何があったんだ?
ここにきてようやく、俺たちは姉さんに何か異変が起きたことを察知したのだった。




