第二十四話 見極め
「何がおかしい? 余裕を見せたところで、お前が勝つことはない!」
凄惨な笑みを浮かべるゴダートに対して、アルザロフは冷えた声で告げた。
流石は前大会の準優勝者と言うべきか。
身を突き抜けるような殺気を受けても、全く怯んだ様子はない。
それどころか、その表情は勝利の確信に満ちているかのようだった。
「終わりにしてやる。はあああぁっ!!」
「むっ!! ドンドン人数が増えていく……!?」
アルザロフの背中から、次々と分身が姿を現す。
二人、三人、四人……!!
最終的に分身は六人にまで増え、本体を含めて総勢七人となった。
まさか、ライザ姉さんの四人を軽々と超えてくるなんて。
「アルザロフの勝ちだな。いくらなんでもあの人数、捌き切れるわけがねえ」
「そうだね。まさか七人なんて」
勝負に出たアルザロフを見て、今後の試合の流れを確信するクルタさんたち。
いくらゴダートが強いとはいえ、たった一人である。
総勢七人のアルザロフを相手に凌ぎきれるとは思えなかった。
しかし、姉さんだけは眼を細めて渋い顔をする。
「いや、この勝負はゴダートの勝ちだ」
「えっ?」
「分身の動きがわずかにだが鈍い。恐らく、あの人数が限界なのだろう」
「んん? そうだとしても、七人もいれば十分じゃない?」
「いや、この手の勝負は先に己の底を見せた方が負ける。特にゴダートのような者が相手ならばな」
長年の経験に裏打ちされたライザ姉さんの言葉には、しっかりとした重みがあった。
確かに、切り札をすべて見せてしまったのは悪手だろう。
でも、ここからゴダートが勝負の流れをひっくり返す手があるのか……?
俺が逡巡していると、アルザロフと分身たちが仕掛ける。
「終わりだ!!」
「ふんっ!」
七人のアルザロフが、入れ代わり立ち代わり猛攻を繰り広げる。
その様は、まさしく剣撃の嵐。
流石のゴダートも完全に手数で圧倒され、手も足も出ない。
……これは勝負ありだな。
俺がそう思った瞬間、アルザロフの剣がゴダートの腹を掠める。
「惜しい! 浅かったか!」
「けどいいぞ、行ける!!」
ゴダートの身体から血が流れた。
致命傷とはならなかったようだが、無視できるほど浅くもないらしい。
革の鎧が濡れて、ぽたりと雫が落ちる。
一回戦では無敵にすら見えた強者の流血に、観客たちは声を上げて盛り上がる。
「いよいよアルザロフ選手の勝利か!? ゴダート選手、手も足も出ません!!」
「これで止めだ! 悪いが、あなたには私の伝説の礎となってもらおう」
再びゴダートとの距離を詰め、止めを刺そうとするアルザロフたち。
するとゴダートは、傷口に当てていた手をスッと振った。
パッと血が飛び散るが、アルザロフたちは気にすることなく突っ込む。
血飛沫で視界を奪おうとしたのかもしれないが……流石にこれは悪あがきだろう。
だが――。
「まずい!! バレバレだ!」
「えっ?」
ライザ姉さんが叫んだ刹那、ゴダートがアルザロフを斬った。
噴き上がる血、崩れ落ちる身体。
たちまち分身たちは霧散して、後には倒れた本体だけが残される。
そんな……あの一瞬で本体を見極めたって言うのか!?
一体どうやって!?
「な、何で!? あり得ないよ!」
「偶然か? それにしては、狙ってたような……」
「ええ、迷いがありませんでした」
衝撃的な展開に、顔を見合わせるクルタさんたち。
するとライザ姉さんが、真剣な顔をして告げる。
「血だ。あの本体だけが、血飛沫を避けようとしたんだ」
「そうか。姿かたちはそっくりでも、分身はそこまで考えなかったのか……!」
「数を増やした弊害だろうな。恐らく、知性や感覚が削られていたのだろう」
ライザ姉さんの分析に、揃って頷く俺たち。
そうしているうちに、アルザロフは係員に担がれて移動していった。
後に残されたゴダートは、勝ち誇るように大剣を天に突き上げる。
戦争屋と呼ばれる卑劣な男ではあるが……。
やはりゴダートはとてつもなく強い、しかも戦い慣れている。
「……やはり、あの男を倒せるのは拙者のみか」
俺たちが半ば呆然とゴダートのことを見ていると、控室の奥から声が聞こえた。
振り向けば、そこには険しい顔つきをしたキクジロウが立っている。
その身から放たれる殺気は、明らかにただ事ではない。
やはり、ゴダートとキクジロウの間には何かがあるのだろう。
意を決した俺は、彼に理由を尋ねてみる。
「どうして、ゴダートをそれほど嫌っているんだ?」
「知れたこと。やつは盗人だからだ」
「盗人? それはどういう――」
俺がさらに話を聞こうとしたところで、控室に係員が入ってきた。
係員は俺とキクジロウの姿を確認すると、すぐさまこっちにこいと手を振る。
もう少し話をしていたいところだが、もう試合の時間らしい。
俺は改めて姉さんたちの方を向く。
「……行ってきます」
「ああ、必ず勝ってこい」
「絶対に油断しちゃダメなんだからね!」
「負けるなよ」
「期待しています」
少し心配した様子で、それぞれに声をかけてくれるみんな。
あの試合を見せられては、流石に楽勝ムードと言うわけにもいかなくなったのだろう。
俺は改めて気を引き締めると、軽く頭を下げて係員の方へと移動する。
「……ひとまず試合だ。それが終わったら、話を聞かせてくれ」
「わかった。我らとゴダートとの因縁、戦いが終わった後でたっぷりと話してやろう」
こうして俺は、キクジロウとの試合に臨むのだった。




