第二十三話 アルザロフ対ゴダート
「……大した奴だぜ」
舞台の端で治療を受けるメイガス。
その姿を見ながら、ロウガさんが囁くように呟く。
舌を噛み切るところまでは至っていないようだが、メイガスの傷はそれなりに深いようであった。
闘技場には腕のいい治療師が詰めているとはいえ、壮絶なまでの覚悟である。
「剣聖となれば、多大な栄誉と富を得られる。命を張るだけの価値はあるのだろう」
「現役の剣聖が言うと、説得力が違うなぁ……」
「もっとも、優勝賞金については良い剣を買ったら無くなってしまったがな」
腰の剣を撫でながら、朗らかに笑うライザ姉さん。
そうしているうちにメイガスとネロウは退場し、変わってアルザロフとゴダートが控室を出る。
……うわ、二人ともすごい殺気だな。
まだ試合が始まる前だというのに、刺すような空気が伝わってくる。
特にアルザロフの方は、ライザ姉さんが近くで見ているということもあるのだろう。
その貴公子然とした容貌からは似合わぬほどの険しい眼をしていた。
「さて……次はどちらが勝つかな?」
「ゴダートにあまり残ってほしくはないが、アルザロフもなぁ」
「あのことがありますからね」
そう言うと、ライザ姉さんの様子をチラチラと伺うニノさん。
すると姉さんは、はあっとため息を突きながら言う。
「あの男、コテンパンにしたら何故か惚れてしまったからな……。まったく困ったものだ」
「案外、お似合いかもよ? 剣士としては優秀みたいだし」
「なっ! そんな馬鹿なことあるものか!」
からかうクルタさんに、猛然と反発するライザ姉さん。
そうしているうちに、司会者が高らかに試合開始を宣言する。
「さあ、本戦第三試合の開始です! 実力者同士のこの対決、勝利の女神が微笑むのはどちらだ!」
「では、拙者から行かせてもらおう」
意外なことに、初めに動きを見せたのはゴダートであった。
大剣を抜き放った彼は、そのまま勢いよくアルザロフへと飛び掛かっていく。
――早い!
その速度は驚異的で、動きに対して音が遅れて聞こえた。
しかし、対するアルザロフも前大会準優勝の実力者。
手にした剣を舞台に突き刺すと、そのまま掬い上げるような動きをした。
するとたちまち石畳がめくれ上がり、巨大な石と土の壁がアルザロフを守る。
「なんの! 覇王天裂斬!!」
「甘いっ!!」
壁を吹き飛ばし、アルザロフへと斬りかかるゴダート。
しかし次の瞬間、アルザロフの姿が消えてしまった。
これは……!?
俺が驚いて眼を向くと、アルザロフがゴダートの背後から姿を現す。
「はぁっ!! 十字斬!!」
「ぐっ!」
十字の斬撃がゴダートの背中に直撃した。
くの字に折れ曲がりながら、彼はそのまま舞台の端まで吹き飛ばされていく。
しかし、流石は歴戦の強者。
ダメージは最小限に殺したらしく、膝を突きながらもすぐに立ち上がる。
「ほう……。これは妙な技を使う。魔法か?」
「純粋な剣術さ。たゆまぬ努力とライザさんへの愛で、俺は分身を自在に使えるようになったのだ!」
そう告げた瞬間、アルザロフの身体が幽体離脱でもするように二つに分かれた。
これは……姉さんの四神の剣陣を真似たのか?
習得した理由はふざけているが、なかなかに厄介そうだ。
「あれは、私の技とは少し違うな」
「ああ。四神の剣陣は分身を作るのにかなりの体力を消耗する。ゆえに、分身を出し入れするには相当の制約があるのだが……あれは別のようだ」
出した分身を、すぐさま消してしまったアルザロフ。
その様子を見るに、分身はすぐに出せる上に体力の消耗もないらしい。
最大で何体出せるかは不明だし、分身の戦闘力も未知数だが、これはかなり厄介な技だな……。
「ふふふ、さあ行くぞ!!」
再び分身を出したアルザロフ。
彼と分身はそのままサイドステップを踏み、クルクルと位置を入れ替える。
あっという間に、どちらが本物でどちらが分身なのか分からなくなってしまった。
「見破れるかな?」
「ふん、見破るまでもない」
迫りくる分身と本体を、ゴダートはまとめて受け止めた。
だが次の瞬間、ゴダートの背後からさらにもう一人のアルザロフが姿を現す。
「ぬっ!?」
「もらったぁっ!!」
完全に虚を突いた一撃。
ゴダートは身を捻って回避を試みるが、間に合わない。
再び彼の身体が吹き飛ばされ、舞台上を滑る。
「こりゃすげえ……! アルザロフって奴、やるな!」
「流石は前大会準優勝ですね、これはもしかするかもしれないです」
「ライザとの結婚も近いかも?」
「そんなことあるものか!」
声を大にして否定するライザ姉さんであったが、流れがアルザロフにあるのは間違いなかった。
ゴダートは老体に見合わぬタフさを誇るようだが、それでも押され続ければいずれは力尽きる。
アルザロフが押し切るのが先か、ゴダートが攻略するのが先か。
俺たちが固唾をのんで見守っていると、ゴダートが凄味のある笑みを浮かべる。
「ひっ……!」
迸る殺気。
冷気すら伴うようなそれに、クルタさんが小さく声を上げた。
彼女だけではない、ニノさんやロウガさんも引き攣った表情をしている。
そうしていると、ゴダートはゆっくりと剣を構え直す。
「面白くなってきたではないか。かかかかかっ……!!」
闘技場全体に響くゴダートの声。
勝負の行方は、まだまだ分からないようだ。




