第二十二話 怪しき剣舞
「さっすがライザ! 手刀で倒しちゃうなんて!」
「……けど、いいのか? 剣術大会なんだろ?」
「大丈夫じゃない?」
あまりにも劇的な決着に、ざわめく俺たち。
まさか、大剣神祭の本戦で剣を使わずに勝負を終わらせるとは。
流石の司会者もこれは予想外だったようで、すぐに他の係員を呼んで協議を始める。
「しまった。これはまずかったか?」
先ほどのすました表情はどこへやら。
苦笑しながら、困惑したように額に手を当てるライザ姉さん。
大丈夫なことをあらかじめ確認してなかったのか……!
ったく、その場の勢いだけで行動するんだから!
俺がやれやれと呆れていると、話し合っていた司会者が戻ってくる。
「えー、セーフ! セーフであります! 大会のルールには剣以外の武器を使ってはならないとの定めはありましたが、自身の肉体はセーフであります!」
「……危なかった」
「思わぬところでひやっとしたね」
ほっと一息ついたところで、試合を終えたライザ姉さんが戻ってきた。
誇らしげに胸を張る彼女に、俺はすかさずツッコミを入れる。
「勝ったのは良いけど、変なことしないでよ」
「ははは、つい勢いでな」
「ひょっとしたら、失格になったかもしれないんだよ?」
「……うむ、すまなかった」
俺に言われて、ようやく事の重大性を完全に理解したのだろう。
ライザ姉さんは申し訳なさそうな顔をして、肩をすくめながら小さく頭を下げた。
すると、剣聖の情けない姿を見かねたのであろうか。
クルタさんが助け舟を出すように言う。
「それはそれとして。そろそろ第二試合が始まるよ!」
彼女に促されて、再び控室の窓へとかじりつく俺たち。
ネロウとメイガンは、どちらも大会初出場であまり馴染みのない選手である。
予選の時もイマイチ影が薄かったのだが……果たしてどのような戦い方を見せてくれるのか。
自然と緊張感が高まり、皆の口数が少なくなる。
「どう見ます?」
「二人とも小柄だからな。技巧の勝負になるのではないか」
やがて向かい合うネロウとメイガン。
先ほどのライザ姉さんとアンバーの試合とは対照的に、両者の体格はほぼ同じ。
二人とも標準より小柄かつ細身で、さらにネロウは女性である。
ライザ姉さんの指摘する通り、力と力のぶつかり合いにはならなさそうだ。
「さあ、本戦第二試合! いよいよ始まりです!」
さっと手を高く振り上げる司会者。
それと同時にネロウとメイガンの距離が一気に縮まった。
お互い、初めから全開だ。
体力を温存することは考えず、勝負を決めてしまうつもりなのだろう。
「決まった!」
「いや、避けた! んん!?」
「攻守が入れ替わった?」
「フェイントだな。やるではないか!」
ネロウの肩を袈裟に切りつけたメイガス。
しかし、ネロウはそれを風に舞う布のようにするりとかわした。
そして入れ替わるようにして強烈な突きを放つが、そこにメイガスは居ない。
大振りな袈裟斬りは、敢えて自らの腹を空けて突きを誘発するためのフェイント。
姿勢を低くしていたメイガスは、突きを空振りして隙の出来たネロウを下から狙った。
だがそれを、ネロウはギリギリのところで防いで退く。
刹那のうちに繰り広げられた攻防。
そのレベルの高さに、ライザ姉さんまでもが声を上げた。
「これまでとは全然違うな!」
「ああ、実力が伯仲している。紙一重だ」
「ライザはどっちが勝つと思う?」
「そうだな……恐らくは……」
クルタさんに問いかけられ、思案するライザ姉さん。
しかし、彼女が答えを出す直前に試合が大きく動いた。
ネロウが不意に、自らの上着を脱ぎ捨てたのだ。
「なんだ? いきなりファンサービスか?」
「むむっ! 全然なさそうに見えたのに私よりも……な、なんて破廉恥な!」
肌も露わな水着姿となったネロウを見て、たまらず声を上げるロウガさんとニノさん。
客席からも次々とどよめきと歓声が聞こえてくる。
ネロウの対戦相手であるメイガスも、敵の思いもよらない行動に怪訝な表情をした。
「色仕掛けかい? 品がないな」
「誰もそんなことしてないわ」
余裕のある笑みを浮かべると、ネロウは身体をゆっくりとくねらせ始めた。
その腰つきは、さながら蛇のよう。
琥珀色をした大きな瞳にも、魔性の光が宿る。
さらに彼女の握る剣が、蠱惑的な紫のオーラを帯び始めた。
「何かの術だな。あの剣を見るなよ」
「そうは言われても、何か眼が離せない……!?」
顔を動かそうとするが、どうにも身体が言うことを聞かない。
さながら、筋肉が石化してしまったようだった。
どうやらネロウは、催眠術か何かの心得があるらしい。
メイガスも自らの異変に気付いたのか、凄まじい形相を浮かべる。
「おのれ……!! 汚い真似を……!!」
「これも立派な戦術よ。さあ、このまま勝たせてもらうわね!」
動きを封じた余裕からだろう。
ネロウは大きく構えを取ると、全力で斬撃を放った。
あれは……飛撃か!
青白い真空の刃が、メイガスへと殺到する。
姉さんのものよりは少し練度が低いようだが、威力は十分。
あんなものに当たれば、ひとたまりもないだろう。
「おおっと! これは決着か!!」
司会者が叫んだ瞬間、メイガスの身体が動き始めた。
彼はそのまま前方へと飛び出すと、大技を出して隙が出来ているネロウに斬りかかる。
「きゃっ!? そんなっ!!」
攻撃を受けきれなかったネロウは、そのまま剣を吹き飛ばされてしまった。
あまりに劇的な決着に、闘技場全体がしばし静まり返る。
「あいつ……どうやってあの術を解いたんだ?」
「もしかして、顔だけは動けたから……舌を噛んで痛みで相殺したとか?」
「けど、そんなことして一歩間違えたらどうするのさ?」
青い顔をして、俺の考えを否定するクルタさん。
確かに、舌を噛むなんて一歩間違えば死につながるような危険な行為だ。
いくら試合に勝つためとはいえ、そこまでするなんて考えにくいだろう。
しかしここで、メイガスはプッと口から血を吐き捨てる。
「どうやら、ノアの予想した通りだったようだな」
「こりゃ、あいつも強敵かもしれねえ」
凄まじい痛みに苛まれているはずにも拘らず、表情を変えないメイガス。
その姿を見て、俺たちは改めてこの大会の厳しさを痛感するのだった。




