第二十話 本戦開幕
「さあ、いよいよ待ちに待ったこの日がやってきました!」
魔道具を高々と振り上げ、声を大きく張る司会者。
とうとう大剣神祭当日がやってきた。
他の選手と共に控室の前に整列した俺は、ふうッと大きく息を吸い込む。
これから始まる戦いは、対人戦としてはこれまでで最も過酷なものとなるだろう。
果たして、俺に勝ち抜くことができるのか。
緊張のあまり、自然と全身が震えてくる。
「大丈夫かい?」
「ええ……」
隣にいたアルザロフが、気さくな様子で声をかけてきた。
俺がライザ姉さんの弟であることを知っているのか、それとも皆に紳士的なのか。
その表情はとてもにこやかで、昂っていた精神がわずかに和らぐ。
「この大会は世界でも最高峰だからね。緊張するのも当然さ」
「アルザロフさんも前回はそうだったんですか?」
「もっとも、私の場合はすぐにライザさんに心奪われてしまったけどね。ああ、ライザさん……」
たちまち、頬を紅潮させてライザ姉さんへの愛を語り始めるアルザロフ。
……まともだと思ったけど、この人もこの人でだいぶ癖が強いなぁ。
この試合前の最も緊張すべき局面で、まだそんなことを考えているなんて。
俺が少し呆れていると、係員の男がサッと手を上げて合図をしてくる。
「それでは、予選を勝ち残った七人の猛者たちの登場です!!」
司会者の声に導かれ、通路を抜けて舞台の前へと出る。
客席から聞こえてくる大歓声。
予選も盛り上がっていたが、やはり本戦は熱気が違う。
押し寄せてくる音の津波に圧倒されそうになる。
「では、それぞれの選手の紹介をしましょう! まずは予選第一ブロック、ジーク選手!」
司会者に呼ばれ、俺はさっそく舞台の上に登った。
客席のそこかしこから名前を呼ばれ、緊張の度合いが一層高まる。
「ジーク選手は、なんと現在の剣聖であるライザ殿の弟さんです! 姉譲りの剣術は果たしてどこまで通用するのか! 皆さま、まだ若い彼の活躍にぜひご期待ください!!」
げ、当然と言えば当然だけどここでそれを言うのか……!
俺はたちまち、背後から強烈な視線を感じた。
微かな殺気と猛烈な嫉妬が混じったような気配がする。
アルザロフさん、きっとすごい顔をしているんだろうな……!
俺は恐怖のあまり、後ろを振り返ることすらできなかった。
「続いて予選第二ブロック、アンバー選手! 前大会でも本戦出場を果たした強者です! 前回は惜しくもベスト8で止まってしまいましたが、雪辱を果たすことができるのか!!」
「今度こそは勝つ!! うおおおおおっ!!」
獅子を思わせる長髪の男が、これまた獣のような咆哮を上げた。
その声の大きさときたら、耳がキンッとしてしまうほどである。
これは、試合中も警戒が必要かもしれないな……。
突然大声を上げて注意を奪うのは、ふざけているように見えて意外と効果的な手だ。
「続いて、第三ブロック……」
大きな声に慣れているのか、それともプロ根性の為せる業か。
司会者は突然の叫びに特に戸惑うこともなく、次々と他の選手たちの紹介を続けた。
そうしているうちに、とうとうアルザロフの順番がやってくる。
「改めて宣言しよう! 私は優勝して、ライザ殿と結婚する!」
高らかに宣言すると、俺の方を見てニカッと白い歯を見せるアルザロフ。
にこやかな表情の裏に、得体のしれない凄味を感じるが……。
それについては、できるだけ触れないようにしておこう。
できれば本戦でも彼とは当たりたくないものだ。
「続きまして、第六ブロックのゴダート選手!!」
いよいよ来たか……。
司会者に呼ばれてゴダートが舞台に上がると、周囲の空気が明らかに変化した。
ゴダートが引き起こした惨劇を他の選手たちも知っているのだろう。
にわかに空気が張り詰め、肌が痺れるようだ。
しかし、当の本人は至って涼しい顔。
客席に向かって、飄々とした様子で手を振っている。
「では最後に第七ブロック、キクジロウ選手です!」
ゴダートの様子を見ているうちに、最後の選手が舞台に上がった。
名前からして、東方の出身であろうか?
こざっぱりとした着物姿で、腰には反りの浅い刀を差している。
さらに艶のない髪を乱暴に束ねたその雰囲気は、いわゆるローニンというやつだろうか?
「……ゴダートよ、そなただけは絶対に倒す!」
舞台に上がると、早々にゴダートへの敵愾心を露わにするキクジロウ。
その眼つきの鋭さは、明らかに尋常ではない。
ゴダートにやられてしまった選手の中に、知り合いでもいたのだろうか?
「では、予選を突破した七名の選手たちが無事に揃いましたところで! 剣聖ライザの登場です!!」
サッと手を振り上げる司会者。
たちまち客席から割れんばかりの拍手が響いた。
それと同時に花火が打ちあがり、パンパンッと景気のいい音が響く。
そして――。
「はっ!!」
客席の三階に設けられた貴賓席。
舞台に向かって迫り出すような形となっているそこから、サッとライザ姉さんが飛び降りてきた。
空中で一回転した彼女は、そのまま舞台の中心に見事な着地を決める。
そのパフォーマンスに、観客席の熱気もいよいよ最高潮。
やがてそこかしこからライザコールが聞こえてくる。
流石は現役の剣聖、凄まじい人気ぶりだ。
「剣聖ライザ殿は八人目の選手として本戦に参加されます! それではまず、組み合わせの抽選から参りましょう!」
司会者がそう告げると、大人の上半身ほどもある大きな箱が運び込まれてきた。
箱には丸い穴が空けられていて、そこから手を入れられるようになっている。
「では皆さま、順番に箱の中にある札を取り出してください! たまには全部で四種類の記号が描かれており、一回戦は同じ記号の札を手にした選手同士で対戦していただきます!」
なるほど、そういうことか。
それなら姉さんとアルザロフとだけは違う札を取りたいところだな……。
箱の前に立った俺は、いささか緊張しながら札を掴んだ。
そして一思いに引き抜くと、札には〇印が描かれている。
「私と同じようだな」
誰が相手だろうと周囲を見渡した俺に、キクジロウが声をかけてきた。
どうやら俺の初試合は、この正体不明のローニンが相手のようだ……!




