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第十八話 長女の誘い

「戦争屋ゴダート……。予想以上にとんでもない男だったな」

「ええ……。殺しありの大会とはいえ、ここまでやるとは」


 予選がすべて終わり、闘技場から宿へと向かう帰り道。

 俺たちは衝撃的すぎたゴダートの試合を思い出しながら、ゆっくりと歩いていた。

 道行く通行人たちも、そこかしこで今日の予選での出来事について話している。

 無理もない、いくら死亡者が出ることもある大会とはいえ……。

 あのような殺戮劇はほとんどありえないだろう。


「……ねえ、ジーク」

「何ですか?」

「本戦なんだけどさ。今からでも辞退できないのかな?」


 やがてクルタさんが、少し遠慮がちながらもそう告げた。

 その眼には不安が色濃く浮かび、背中が縮こまるように曲がっている。

 

「それはできないですよ。メルリア様の依頼もありますし」

「依頼なら、ライザに任せるわけにはいかないのかな?」

「確かに姉さんなら、あのゴダートにも勝てそうですけど……」


 圧倒的な強さを見せつけたゴダートであったが、それでもライザ姉さんには及ばないだろう。

 大会のことは姉さんに任せるというのも、選択肢としてあり得ない話ではない。

 メルリア様にしても、そもそもは姉さんを当てにしていたわけなのだし。

 だがここでゴダートを恐れて引き下がってしまうというのもな……。

 

「やっぱり出ますよ。あいつを放っておけないですし、俺にだってプライドがあります」

「ううーん……」

「大丈夫です。俺、負けませんから」


 そう言うと、俺はグッとこぶしを握り締めた。

 姉さんとの特訓を乗り越えたが、実のところあのゴダートに勝つ自信はない。

 だが、気持ちで負けていては勝負の場に立つことすらままならないだろう。

 必ず勝てる、俺なら勝てる……!

 勝利への決意を心の中で反芻し、自分で自分に言い聞かせる。

 それはさながら、暗示をかけるかのようだった。


「ま、とにかく今は本選に備えるしかねえな」

「ですね、今日はしっかりと休まないと」


 思いのほか早く予選は終わったが、それでも肉体を使わなかったわけではない。

 たっぷりと休養を取って、明日からの本選で実力を発揮できるようにしなければ。

 宿屋のおばさんに頼んで今日は夕飯も大目に出してもらおうかな……。

 俺がそんなことを考えていると、ロウガさんが笑いながら言う。


「そうだ、試合前の景気づけにうまいものでも食わねえか?」

「え? もちろんいいですけど……」

「せっかくだし、今夜は俺が奢ってやろう。たまには大人なところを見せねえとな」


 ロウガさんの言葉に、クルタさんとニノさんが目を丸くした。

 基本的に、ロウガさんはお金をあまり持っていないからである。

 決して稼ぎが少ないわけではないのだが、宵越しの金は持たない主義なのだ。

 

「もしかして、試合に賭けてたの?」

「……まあな。ジークのおかげでがっぽりだ」

「それでか。だったら、目いっぱい奢ってもらわなきゃ損だね!」

「ええ。限界まで食べないと」

「お、おいおい! 少しは俺の財布のことも考えてくれよ?」


 拳を突き上げ、気合を入れるクルタさん。

 彼女に続いてニノさんもふふんっとご機嫌な様子で鼻を鳴らす。

 二人とも細身の少女であるが、冒険者をしているせいかかなりの健啖家だ。

 本気で好きなだけ食べたら、ロウガさんの財布の中身ぐらい食べつくしてしまうに違いない。


「もう、小さいこと言いっこなしだよ!」

「お店はどこにしましょう?」

「そうだなぁ、どうせならお高い店に……」

「それなら、ちょうど良いところがございますわよ」


 不意に、後ろから声が聞こえてきた。

 この声はもしかして……!!

 ゆっくりと振り返れば、そこには微笑みを浮かべるアエリア姉さんが立っている。


「げっ!?」

「げっとはなんですか、げっとは!」

「いや、その……びっくりしちゃって」


 アエリア姉さんは大陸でもトップクラスに忙しい立場の人間である。

 それがどうして、エルバニアにいるのだろうか。

 この国にはまだフィオーレ商会も進出してはいなかったはずだ。

 すると姉さんは、優雅に扇子を仰ぎながら言う。


「今回の大剣神祭には我がフィオーレ商会も多大な出資をしておりますの。スポンサーとして様子を見に来るのは当然でございますわ」

「なるほど、それで……。でも、俺たちの居場所はどうやって調べたのさ?」

「そうだよね。偶然にしては出来過ぎてるよね」


 この広いエルバニアで、ばったり人と出くわす確率など相当に低いだろう。

 まして、大剣神祭のせいで街は人でごった返している。

 顔見知り同士で待ち合わせをすることすら、なかなか難しいような有様だ。

 すると姉さんは、ふふふっと余裕のある笑みを浮かべる。


「ライザから宿の場所を聞きましたの。それで、向かっている途中であなた方を見つけましたわ」

「ライザ姉さん……何で教えちゃうかなぁ」

「あの子がわたくしに隠し事をするなど、絶対に出来ませんもの」


 うわぁ……こ、怖いな……!

 アエリア姉さんのどこか含みのある顔を見た俺は、たまらず震えてしまった。

 どんな手を使ったかは知らないが、きっとエグい手を使ったんだろうなぁ……。

 ライザ姉さんも、大事な大剣神祭の前に大変な目に遭ったものである。

 

「ほかにもいろいろと聞きましたわ。大変なことに巻き込まれているようですわね、ノア」

「ええ、まあ」

「……いろいろと話したいことがありますわ。ついてきてくださいまし」


 そう言って、軽く手招きをするアエリア姉さん。

 俺たちは素直にその後を付いていくのだった。


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