第十七話 無慈悲の剛剣
「お手並み拝見だな」
腕組みをしながら、舞台を注視するロウガさん。
俺もまた、緊張した面持ちで試合が始まるのを今か今かと待ちわびる。
こうしていると、司会者が勢いよく魔道具を振り上げた。
「全員、舞台に上がりましたね? では、試合開始です!!」
司会者の合図とともに、剣を抜く選手たち。
歓声が沸き上がり、闘技場は熱気に包まれた。
先ほどの試合があっけなくアルザロフの勝利に終わったせいもあるのだろう。
激しい試合を求めて、観客たちは声を張り上げる。
「やっちまえー、ガイドン!!」
「スペード、俺はお前に10万も賭けてるんだからな!!」
中でも特に、試合に金を賭けているらしい男たちの声はもはや怒号と化していた。
あまりの迫力に、聞いているだけで委縮してしまいそうだ。
しかし、盛り上がる客席とは対照的に試合の流れは平静そのもの。
選手たちは武器を構えたまま、不気味なほどに動かない。
「……これはどうしたことでしょう! 見合ったまま、誰も動きません!!」
やがて一向に動きを見せない選手たちに、司会者も異変を察知した。
彼は声を張り上げて選手たちを煽るが、それでもなお動かない。
焦れた観客たちも彼に合わせて声を上げ、中には物を投げる者までいたが動きはなかった。
「動かないんじゃない。動けないんだよ」
苛立つ観客たちの一方、クルタさんが青い顔をしながら呟いた。
その額には大粒の汗が浮き、息も荒くなっている。
ロウガさんとニノさんもまた、クルタさんほどではないが険しい顔をしていた。
周囲を見渡せば、他にも冒険者らしき人達が俺たちと同様に引き攣った表情をしている。
……彼らもまた、感じ取っているのだろう。
離れていても伝わってくる、身体が震えるほどの殺気を。
「……凄い気迫ですね」
「うん、こんなのはボクも初めてだよ」
「お姉さま……」
気配に耐えかねのか、ニノさんがそっとクルタさんの袖を掴んだ。
クルタさんは彼女の背中に手を回すと、ゆっくりと擦ってやる。
そうしていると、舞台の中央でゴダートが退屈そうに大きなあくびをした。
「つまらんな。それがしの不戦勝か?」
「……舐めるんじゃねえ!!」
ゴダートの挑発に応じて、一人の選手が気勢を上げた。
それに続けとばかりに、他にも数名の選手が咆哮する。
さながら、襲い掛かる重圧を声で吹き飛ばそうとしているかのようだった。
「おりゃあああっ!! 裂鋼斬!!」
「おおっと!! スペード選手、いきなりの大技だぁ!!」
空高く飛び上がり、ゴダートに向かって剣を振り下ろす男。
鈍器を思わせる巨大な剣が天を裂き、ビュンッと風斬り音が響く。
飛び散る火花、拡散する衝撃。
ゴダートは自らの剣で攻撃を受け止めるが、あまりの威力の大きさに足元の石畳が割れた。
「何という一撃! これでは、防御をしてもダメージは深刻でしょう!」
目まぐるしく動き始めた試合に、司会者の実況も熱を帯びる。
しかし、言っていることはまったくと言っていいほどずれていた。
今の攻撃は……ほとんど効いていない……!
ゴダートは受けた衝撃を、すべて舞台に流してしまっている。
あれでは、攻撃をしている側の方がよほど疲労していくことだろう。
続けて他の選手たちも攻撃を加えるが、すべて同様に流されてしまう。
「見て。ゴダートのやつ、よく見るとあそこから一歩も動いてない!」
やがてクルタさんが、ゴダートの足元を指さして言った。
あれほど激しい攻撃を凌いでいるにも拘らず、ほとんど下半身が動いていない。
そんな馬鹿な、いったいどれほどの実力差があればこんなことが起きるんだ……!?
俺が驚いていると、やがてにわかにゴダートの眼が鋭くなる。
「飽きたな。そろそろしまいにしよう」
途端に、攻撃を仕掛けていたはずの選手たちが吹き飛ばされた。
いきなりの展開に、観客たちはたまらず眼を剥く。
司会者も実況を中断してしまうが、そこは流石にプロ。
すぐに舞台上に視線を走らせると、魔道具を手に声を張り上げる。
「おおっと! 今のは何でありましょうか! 私の眼にはゴダート選手の全身から衝撃波が放たれたように見えました!!」
「……違う。今のは薙ぎ払っただけだ、とんでもない速度と威力で」
俺のつぶやきに、同意するように頷くクルタさん。
直後、ゴダートが動きを見せた。
彼は姿勢を低くすると、剣の切っ先を身体の後方へと下げる。
その構えはさながら、東方の侍がする居合斬りのようであった。
もっとも、手にする大剣は刀とは比べ物にならないほど巨大だ。
普通に振り抜けば、当然ながら切っ先が地面に当たってしまうのだが――。
「はあああぁっ!!」
ゴダートを中心にして、舞台の一角が吹き飛んだ。
遅れて轟音が響き、爆風が頬を撫でる。
直後、粉砕された石畳が欠片となって客席にまで飛んできた。
ゴダートは地面に当たることすら構わず、一気に大剣を振り抜いたらしい。
そして――。
「な、なななな……!! 何ということでしょう、選手たちがたった一撃で……!」
ゴダートの周囲にいた選手たち。
彼らの上半身が、無惨にも消失してしまっていた。




