第十四話 予選の朝
「……とうとう迎えちゃいましたね、予選」
メルリア様が俺たちの部屋を訪れた夜から、十五日ほどが過ぎた後。
とうとう大剣神祭の予選の日がやってきた。
あの日以来、ライザ姉さんの手を借りていろいろと訓練はしてきたけれど……。
果たして本当に通用するのか、緊張して身体が震えてきてしまう。
ゴダートやライザ姉さんに勝てるかはもちろんのこと、まずは本選に出られるかどうかが勝負だ。
「大丈夫、顔色悪いよ?」
「緊張してきちゃって。あはははは……」
「そんなに思いつめなくても、予選は大丈夫でしょ」
あっけらかんとした様子で、笑いかけてくるクルタさん。
彼女は俺を勇気づけるように、パシパシと軽く肩を叩いてくる。
それに同調するように、ロウガさんやニノさんも笑みを浮かべた。
「本選までは大丈夫だろ」
「そうですか? だって、大剣神祭ですよ?」
「心配しすぎだろう。だいたい、今日までライザと特訓したんだろ?」
「ええ、まあ」
「ならいけるいける」
朗らかに笑うロウガさん。
確かに俺は、大剣神祭に備えて久々に姉さんと特訓をした。
ギルドの依頼で身体を動かしておくつもりだったが、それでは足りないと姉さんが判断したのだ。
必ず勝つ必要が出てきた以上、手加減するわけにはいかなかったのだろう。
それはもう、思い出すだけで冷や汗が出るほど苛烈な特訓であった。
とはいえ、限られた期間の特訓でどれだけ力がついたのか……。
ライザ姉さんはだいぶマシになったと言っていたが、いまいち自信がない。
「……おぉ、ここが闘技場か」
「すごい迫力ですね。何人ぐらいは入れるのでしょう?」
「えっと、観光ガイドによると三万人は入れるって」
「それ、ラージャの人口より多いじゃねえか」
やがて闘技場の前にたどり着いた俺たちは、その大きさに圧倒された。
アーチ橋のような構造が無数に重なり、巨大な円形の建物を形成している。
視界のすべてを埋め尽くすそれは、さながら天に向かって聳える壁のようだった。
さらに風化した柱からは、どっしりとした歴史の重みも感じられる。
「ええっと、受付は……あっちかな?」
選手登録を済ませるべく、受付を探す俺たち。
あいにく、場所を知っているであろうライザ姉さんはついて来ていない。
現役の剣聖と言うことで、大会期間中はレセプションなどいろいろあって忙しいのだ。
当然ながら予選も免除されていて、準決勝からの出場となるらしい。
「もしかして出場選手の方ですか?」
「あ、すいません! 気づかなくって」
きょろきょろと周囲を見渡す俺たちに、職員さんの方が先に気付いた。
声を掛けられた俺たちは、急いでカウンターへと向かう。
すると職員さんは、すぐさまロウガさんにペンを差し出した。
「はい、どうぞ」
「ああ、俺じゃないんだよ。こっちだ」
「すいません、これは失礼しました」
申し訳なさそうに頭を下げると、すぐにこちらへペンを差し出す職員さん。
まあ、ロウガさんの方が年上だし体格もいいからな。
俺は特に気にすることなくさらさらッと記入を済ませた。
しかしここで、後ろから何やら騒がしい声が聞こえてくる。
「おいおい、こんなガキが大剣神祭に参加するのか?」
「大剣神祭のレベルも下がったもんだぜ」
振り返れば、二人組の男がこちらを見て囃し立てていた。
うわぁ、どっちも厳つい体型だな……!
見上げるような背丈に広い肩幅、そして何よりも自己主張の激しい筋肉。
特に分厚い胸板は、意味もなくピクピクと動いている。
「……あの、あなた方は?」
「俺たちを知らないのか? 山塊のザリトラ兄弟と言ったら、有名だろうに」
「げ、ザリトラ……」
「ロウガ知ってるの?」
「ああ。元はAランク冒険者だったんだが、喧嘩で人を殺しちまって除名された曰く付きだ」
なるほど、道理でずいぶんと攻撃的なわけである。
もしかして、こいつらもコンロンの伝手で第一王子が雇ったのだろうか?
その態度の横柄さは、荒っぽい剣士たちの中でも一段と浮いていた。
「帰れ。この大会は剣聖を決める大会なんだぞ、お前らのような連中は相応しくない」
「はっ! この大会は強けりゃ誰だって出場していいんだ。強さこそが正義なんだよ!」
「そっちこそ、そんなひょろいガキはお呼びじゃねえってんだ」
そう言うと、ザリトラ兄弟はずかずかと俺に近づいて来た。
そしていきなり、ドンッと平手で突き飛ばしてくる。
突然のことにバランスを崩した俺は、危うく尻もちをつきそうになった。
「はははっ! 悔しかったらやり返してみな!」
「ちょっと、いい加減に……!」
「クルタさん!」
前に出ようとしたクルタさんを、俺は慌てて手で制した。
こんなところで喧嘩なんてしたら、下手をすればつまみ出されてしまう。
そうでなくとも、予選直前に喧嘩なんてしたら剣聖の身内として恥ずかしい。
「ふん、つまらねーな。まあいい、行こうぜ兄者」
「おう」
俺たちが挑発に乗らないことを察すると、ザリトラ兄弟は詰まらなさそうな顔で去っていった。
その背中を見ながら、クルタさんは悔しげに地団太を踏む。
ある意味、俺以上に腹が立っているようだった。
まあ、こちらもちょっとイライラはしているけれど。
「まったく、腹の立つ奴ら! ジーク、あいつらボコボコにしちゃってよ!」
「ええ、全力でやります」
「……油断はするなよ。振る舞いは三下そのものだが、実力は確かだ。それに、あいつらは手段も選ばないだろうからな」
「わかってます」
ロウガさんの言葉にうなずいたところで、再び職員さんが話しかけてきた。
こうして俺たちは彼女の案内に従って、控室へと移動するのだった。




