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第十二話 戦争屋

「ゴダートって……もしかして……」

「道理で名前に覚えがあったわけだ。すっきりした」


 ポンッと手を叩くライザ姉さん。

 戦争屋とは、ずいぶんとまた物騒な二つ名である。

 いったい、彼が何をしたというのだろうか?

 一緒に狩りに出かけた時は、まずまずの常識人に見えたんだけどな。


「ゴダートを知っているのですか?」

「ええ、ギルドの依頼で一緒になりまして」

「なんと! あの男が……」

「あの、ゴダートさんっていったい何者なんですか?」


 俺が質問を投げかけると、メルリア様は渋い顔をして言い淀んだ。

 変わって、ライザ姉さんが言う。


「お前たちは、ニルギス戦争のことは知っているな?」

「もちろん。生まれた時からずーっとやってますし」


 大陸東部の沿岸地帯。

 自然の良港が点在するそこは、アキツやダージェンと言った東方諸国との交易で潤う豊かな土地である。

 しかし、その豊かさゆえにこの地は様々な戦乱に巻き込まれてきた。

 中でも最悪とも言われるのが、三十年前から続いているニルギス戦争である。

 もはや開戦理由すらあやふやとなってしまったこの戦争は、三つの国を巻き込み完全に泥沼化していた。


「この戦争で活躍したのがゴダートだ。次から次へと雇い主を変え、合わせて一万もの兵を斬ったとか。一時は、こいつを雇った陣営が勝つとまで言われたそうだぞ」

「それで、戦争屋ってわけですか」

「ああ。そのあまりの強さゆえに、ゴダートを何とかしてくれと言う依頼が私に来たことがあってな。それで覚えていた」


 それほどの人物ならば、姉さんに討伐依頼が来るのも無理はないだろう。

 しかし、姉さんはやれやれと手を上げて言う。


「もちろん、そんな依頼は断ったがな。だが、相当に恐ろしい男ではあるようだ」

「そんなとんでもない人、どうやって呼んだんでしょうね……」

「ゴダートは金に転ぶ男ですから。恐らく、兄上はかなりの大金を積んだのでしょう」


 なるほど、国王になることができればいくら金がかかっても元は取れるということか。

 いずれにしても、厄介な人物が来てしまったものである。

 サンドワームの巨体を一撃で切り捨てたあの強さ。

 ライザ姉さんであっても、油断すれば負けてしまうかもしれない。


「大剣神祭は、時に死者が出ることもある危険な大会です。ですがなにとぞ、ゴダートを倒して兄上の野望を阻止してください! 今の兄上は以前にもまして嫌な気配がするのです!」


 そう言うと、メルリア様は感極まったような顔をして姉さんの手を握り締めた。

 そしてその手に額をこすりつけ、そのまま姉さんに縋りつく。


「おやめください! 王女ともあろうお方が……」

「身分など関係ありません。ライザ様の他に頼れる者は居ないのですから」

「わかりました、大会に優勝するとお約束しましょう。ただし……」


 そう言うと、姉さんは不意に俺の方を見た。

 そしてニヤッと悪戯っぽく笑みを浮かべると、俺の肩にポンッと手を置く。


「もしかすると、優勝するのはこのノアかもしれません」

「や、やめてよ姉さん! 俺が姉さんに勝って優勝なんてできるわけないだろう?」

「あの、こちらの方は?」

「私の弟のノアです。今はゆえあって、ジークとも呼ばれていますが」

「おお! 剣聖さまの弟君でしたか!」


 そう聞いて、パァッと目を輝かせるメルリア様。

 ぐぐぐ、純真な視線がものすごく眩しい……!

 俺なんて、修行目的に参加するだけで優勝なんて全然目指してないのに。

 他の参加者はともかく、ライザ姉さんに勝つなんて不可能だからな。


「あはは……頑張ります……」

「まぁ、本命はやはり私だがな」

「ちょっと姉さん、からかわないでくださいよ!」

「いいではないか。それに、最初から負けるつもりで大会に出るのも不健全だろう。こういうものはな、勝つぞという気概が大事なのだ!」


 拳を振り上げ、熱っぽく語るライザ姉さん。

 確かに、姉さんの言うことにも一理ある。

 初めから負けるつもりでやっていては、成長するものもしないだろう。

 とはいえ、ライザ姉さんに勝つ自信があるかと言うとまた別の話になってくるのだが。

 前にも一度戦ったが、いろいろな手を使っても一撃入れるので精いっぱいだったからなぁ。


「とにかく、兄上の手の者を勝たせることだけは阻止しなければなりません。主催者側の人間である私が、特定の参加者を贔屓するのは良くないのですが……。どうか、どうかお願いしますね」

「言われずともそのつもりです」

「大会に向けて訓練したいということであれば、必要に応じて騎士などもお貸ししましょう。では、そろそろ失礼いたします」


 そう言うと、メルリア様は懐からブローチを取り出してライザ姉さんへと手渡した。

 先ほど姉さんに見せたものと同じである。


「こんな大事なものを……良いのですか?」

「ええ。また私と連絡を取る必要がある際は、これを城の者に見せてください」


 再びフードで顔を隠し、周囲の様子を伺いながら部屋を出ていくメルリア様。

 彼女の足音が聞こえなくなったところで、俺はふうっと大きなため息をつく。


「何だか大変なことに巻き込まれちゃいましたね」

「なに、目指すところは変わらんさ」

「けど、あのゴダートって男は相当ヤバいと思うよ。勝てるかな?」

「私を信じられないというのか?」

「ライザじゃなくて、ジークの話だよ。ちょっと心配かも」


 俺の顔を見ながら、不安げに目を細めるクルタさん。

 彼女の言う通り、姉さんはともかく俺はゴダートに勝てるか怪しいな……。

 大剣神祭は死者が出ることもある大会である。

 万が一当たってしまったら、降参するのも手かもしれない。


「ここまで来てしまった以上、なるようにしかならん。言っておくが、途中で棄権したりしたら許さんぞ」


 俺の思惑を察してか、ライザ姉さんが即座に釘を刺してきた。

 こりゃ、思っていた以上に大変な大会になりそうだ……!


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