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第九話 罠

「おいおいおい……!!」


 山のように巨大なサンドワームが三体。

 ちょうど、俺たちを取り囲むようにして出現した。

 一体でもあれだけ苦労したというのに、三体もなんて……!!

 まだ疲労も残っているし、とてもじゃないけどこんなの勝てないぞ。

 予想外の事態に俺たちがたじろいでいると、エルドリオさんが大声で叫ぶ。


「撤退だ! 車に乗り込め!!」

「は、はい!」

「……それが賢明か」


 鞘に手を掛けた姉さんであったが、この人数を守りながら戦うことは難しいと判断したのだろう。

 剣を抜くことなく車に乗り込み、こっちにこいと手を振った。

 俺たちもすぐさま姉さんに続くが、運転手をしていた男が乗り込んでこない。

 どうやら、慌てすぎて前の車に乗り込んでしまったようだ。


「は、早く出発しないと!」

「ニノ、早く運転してくれ!」

「できませんよ! 馬とは違うんですから!」


 ぶんぶんと首を横に振るニノさん。

 御者をよく勤める彼女だが、流石に自動車の運転は分からないらしい。

 参ったな、俺もこんな複雑な魔導具を扱うことなんてできやしないぞ……!!

 運転席を見てみるが、どこをどう弄ればよいのかさっぱりわからない。


「あっ! ちょっと、置いてかないでよ!!」

「おい、待ってくれ!」


 ブォンッと力強い爆音が響き、前方に止まっていた車が勢いよく走りだした。

 土煙を巻き上げながら、サンドワームたちの合間をすり抜けていく。

 俺たちが取り残されていることなど、全くお構いなしと言った様子だ。

 クルタさんたちが声を張り上げるが、返事すらしない。


「……もしかすると、この事態を予想して自動車にしたのかもしれんな」

「え? どういうことですか?」

「いざという時に、我らを確実に置き去りにするためだ」


 真剣な顔で語るゴダートさんの言葉には、嫌に説得力があった。

 なるほど、確かにそうかもしれない……。

 もしもこれが自動車ではなく馬車だったのならば、俺たちもすぐに皆の後を追いかけただろう。

 しかし、動かし方の分からない自動車ではどうしようもなかった。

 加えて、もし俺たちが生き残っても意図的に置き去りにしたとは訴えづらい状況だ。

 逃げるのに精いっぱいで、俺たちの車のことまで気が回らなかったとでも言えばいい。


「うまくはめられたな。思えば、初対面の連中を信用しすぎたか」


 悔しげな顔をして、ドンッと拳を振り下ろすライザ姉さん。

 今回に関しては俺も大いに迂闊だった。

 こうなったら、多少の無茶は承知でサンドワームを迎え撃つしかないか。

 ライザ姉さんと俺が連携すれば、どうにかなるにはなるだろう。

 大剣神祭を控えた今の状況で、できれば避けたいところだけれど……。


「……やむを得ん、それがしに任されよ」


 そう言うと、急にゴダートさんが車の外へと飛び出した。

 そして背中の大剣を抜くと、サンドワームの群れを一瞥する。

 ……これは、すごいぞ!

 剣気が高まり、見る見るうちに充実していくのが分かった。

 実体化した気がゴダートさんの身体からゆらゆらと陽炎のように立ち上る。

 これほど濃密な気を放てるのは、ライザ姉さんぐらいのものだと思っていた。


「たりゃあああああっ!!」


 ゴダートさんの身体が、にわかに宙を駆けた。

 同時に刃が閃き、サンドワームの巨体が割れる。

 たちまち悍ましいほどの断末魔が響き、ドスンッと地響きがした。

 この間、一秒にも満たないほど。

 まさしく神速と言うのがふさわしい神業だ。


「マジかよ……!!」

「信じらんない。あんなのどうやって……」

「さあ、今のうちだ! 皆の者、走れ!!」


 そう告げると、勢いよく走り始めるゴダートさん。

 俺たちも彼の後に続いて、訳も分からぬまま駆け始める。

 突然の出来事にサンドワームたちも困惑したのだろうか。

 全力で走る俺たちを遠目で見つつも、すぐに襲い掛かってはこなかった。

 ひょっとすると、ゴダートさんの戦闘力を恐れたのかもしれない。


「……ひぃ、もう限界……!」

「私も、そろそろ足が……」


 こうして、会話もせずにひたすら走り続けることしばらく。

 限界に達したらしいクルタさんとニノさんが、揃って休憩を求めてきた。

 いつの間にか岩山からはかなり離れ、エルバニアの市街地がかなり近くに見える。

 ここまでくれば、サンドワームもそうそう追ってはこないだろう。


「少し休憩するか」

「だな。にしても、ゴダートの旦那があんなに強かったなんて」


 心底驚いたように言うロウガさん。

 俺もゴダートさんの実力には、とてもびっくりしている。

 武術の国エルバニアでの出来事とはいえ、これほどの強者に偶然遭遇するとは思わなかった。

 しかし一方で、ライザ姉さんは何やら渋い顔をしている。


「うーむ、どうにも思い出せん。どこかで名を聞いたような気がするのだが……」

「姉さん?」

「……ゴダート殿。そなた、いったい何者だ?」


 思い出すのを諦めたライザ姉さんは、本人に詰め寄って直接疑問をぶつけた。

 するとゴダートさんは一瞬、険しい顔をして逡巡するような素振りを見せる。

 だがすぐに破顔一笑すると、びっくりするほど朗らかな態度で言う。


「それがしの素性など、きっとすぐにわかるであろう。それより、急いで街に戻ろう」


 あっけらかんとした顔でそう言われてしまっては、それ以上、追及のしようもなかった。

 こうして俺たちはエルバニアを目指して、再び歩きだすのであった。

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