第五話 狩りの誘い
「……ああ、その通りだが?」
どことなく馴れ馴れしい冒険者たちに、姉さんは少し気だるげに返事をした。
すると機嫌の悪さを察したらしい相手は、腰を低くして話を続ける。
「実は俺たち、これから狩りに行く予定だったんですがね。ちょっとばかし人手が足りなくて、誰かを誘おうって話してたとこなんですよ」
「剣聖さまが加われば百人力、いや千人力! どうかお願いできませんか?」
「人助けと思って、なにとぞ!」
……あー、姉さんがいれば楽に仕事が終わるとか考えたな?
揉み手をしながら近づいてくる冒険者たちに、俺はやれやれとため息をついた。
ウィンスターの実家にいた頃も、たまにこの手の輩が来たんだよな。
いちいち追い返すのが面倒になって、最後の方はシエル姉さんが家の前にゴーレムを置いたんだっけ。
「ちょっと、他人の力を当てにするなんてあんたたち情けなくないの?」
「そうですよ、恥ずかしい」
たちまち、クルタさんとニノさんが非難めいた眼を冒険者たちに向けた。
その冷ややかな視線に彼らはたまらずたじろぐが、すぐにあるものを取り出す。
「ま、まあまあ! そうおっしゃらずに、これを見てくださいよ」
「依頼書? ……んん、Sランク?」
男たちが差し出してきた紙の右上に、大きく記された「S」の文字。
これを眼にした途端、クルタさんの表情がにわかに変わった。
彼女は依頼書をひったくるようにして受け取ると、その内容を読み上げる。
「えっと、巨大サンドワームの討伐。エルバニア北東にて巨大サンドワームにキャラバンが襲撃された。敵のさらなる成長を阻止するため、早急に討伐されたし。なお、敵モンスターが非常に大型であるため大人数での作戦が有効と思われる……か」
「なるほど、それで人をそんなに集めてるってわけか」
この場に集まってきた冒険者たちを見回しながら、ロウガさんがつぶやく。
ざっと見ただけで、二十人以上はいるであろうか。
普通、冒険者パーティと言えば四人か五人が基本だ。
これだけの大人数で行動することなど、滅多にないのである。
「非常に大型……か。案外面白いかもしれんな」
そう言うと、楽しげに眼を細めるライザ姉さん。
戦士の血が騒ぎ始めてしまったらしい。
クルタさんたちも、先ほどまでの不機嫌そうな顔はどこへやら。
未知の巨大モンスターに、心惹かれてしまったようだ。
まあ、冒険者ならそういう反応になるのも無理はないか。
「サンドワームと言うと、でかいミミズのようなモンスターであるな?」
「ええ。その中でもこいつはとびっきりデカい。生き残った者の話だと、通常の五倍はあるとか」
「ははは、それはまた大層な怪物だ!」
おいおい、五倍って本当に同じ種族なのか?
それに依頼書には「さらなる成長」とか書いてあるようだし。
ゴダートさんは何やら調子よく笑っているが、全く笑い事ではない。
これ、放っておいたらとんでもないことになるんじゃなかろうか。
「早く対応した方が良さそうですね」
「そうだね。けど、ワーム種のモンスターって倒してもあんまり美味しくないんだよねぇ」
「どういうことですか?」
「肉は食べられないし、武具に使えるような部位もなし。おまけに、血に弱い毒が含まれてるから肥料にしたりすることもできないんだ」
「それ、全身捨てるとこしかないじゃないですか」
俺の言葉に、コクンとうなずくクルタさん。
全く困ったモンスターもいたものである。
しかしここで、冒険者たちは不意に笑みを浮かべて言う。
「……ところが、こいつに関しては金になるんですよ」
「んん?」
「こいつが襲ったキャラバンって言うのがね。アダマンド鉱をたーっぷり運搬してたんですよ」
アダマンド鉱と言えば、高価な武具の材料として用いられる希少鉱石だ。
インゴットひとつで数百万もの値が付くはずである。
それがキャラバン一つ分ともなれば……。
「あくまで噂ですがね、時価十億はあるとか」
「十億……! すっげえな!」
「それは確かにすごい話だね」
俄然、みんなもやる気が出てきた。
この場にいる全員で平等に山分けしたとしても、数千万にはなるからなぁ。
俺もさすがにこれほどの金額となると興味が出てくる。
それだけの元手があれば、宿屋暮らしを卒業して家を買うことだってできるだろう。
「俺たちも、参加させてもらいますか」
「ああ、特に反対する理由もない。いい鍛錬にもなるだろう」
「それがしも行かせてもらおう。ちょうど、路銀も心もとなくなっていてな」
「よし、それじゃあ支度をして明日の朝に南門へ来てくれ。これだけの狩りとなると、こっちも準備がいろいろと必要なんでな」
そう告げると、代表らしき男がそっと姉さんに向かって手を差し出した。
すると姉さんは、俺の肩をポンと叩いて言う。
「お前が握れ」
「え?」
「このパーティのリーダーはお前だからな」
こういわれてしまっては、断れない。
俺は驚く冒険者たちの姿に恥ずかしさを覚えながらも、ゆっくりと席を立つ。
「どうも、ジークです。一応、このパーティの代表をやってます」
「俺はエルドリオ、今回のチームのリーダーです。よろしく頼みますよ」
固く手を握り合う俺とエルドリオさん。
こうして俺たちは、巨大サンドワームの討伐へと出かけることになったのであった。




