第四話 老剣士
翌朝。
姉さんのおかげで無事に宿を取ることの出来た俺たちは、冒険者ギルドを訪れていた。
狙うはミール荒野から出てきたはぐれモンスターの討伐依頼。
普段より早起きしてきたので、きっと何かしらいい依頼があるだろう……と思っていたのだが。
「おいおい……。ギルドまで混んでるのか?」
「すごい人出ですね」
「みな、考えることは同じというわけか」
酒場と一体化した奥行きの広いエントランス。
まだ日が昇ったばかりだというのに、そこには剣士らしき者たちが数えきれないほど集っていた。
その物々しい雰囲気からして、恐らくは大剣神祭の出場者たちだろう。
ほぼ全員、歴戦の猛者であろうことが姿を見ただけでそれとなくわかる。
「ったく、地場の冒険者に取っちゃいい迷惑だな」
「構うことありません、さっさと依頼を取っちゃいましょう」
「だな。……げっ!?」
酒場スペースの奥にある掲示板。
そこにはきれいさっぱり、何も残されてはいなかった。
この時間に来て依頼が枯れてしまっているって、マジか……。
ラージャではあり得ない事態に、俺たちは思わず言葉を失ってしまった。
基本的に、ギルドに行けば何かしらの依頼があるのが当たり前なのである。
「むむむ……! ちょっと、これどういうことなのさ?」
あまりの出来事に、腹を立ててしまったクルタさん。
彼女はずんずんと受付に歩み寄ると、奥の掲示板を指さして文句を言い始めた。
その勢いに、たちまち受付嬢さんが頭を下げる。
「すいません、この時期はどうしても……」
「わかるよ、大会出場者が集まったせいで依頼が不足することぐらい。けど、限度があるんじゃない?」
「ええ、ですが依頼を急に増やすというのも現実的ではなくて」
問い詰めるクルタさんに、困り顔で対応する受付嬢さん。
彼女の言っていることはもっともで、ギルドの依頼というのは急に増やそうとして増えるものではない。
あくまで需要と供給があってのものなのだ。
そのことをクルタさんもわかっているはずなのだが、心情的にどうにも納得がいかないらしい。
やがてぶつぶつ文句を言う彼女を見かねて、ロウガさんがポンと肩を叩く。
「まあまあ、そのぐらいにしろって。依頼がねえのはしょうがないだろ?」
「うーん、でもなぁ……」
「少女よ、時には寛容さも重要であるぞ」
「んん?」
不意に後ろから声が聞こえてきた。
振り返ってみれば、背中に大剣を背負った剣士らしき人物が立っている。
年の頃は五十歳前後と言ったところであろうか。
白髪交じりの長髪を後ろで束ね、髭を無造作に伸ばしたその姿は歴戦の古強者を思わせる。
身体をすっぽりと覆い隠すマントも、日に焼けた色合いからしてかなり使い込まれているようだった。
「えっと、あなたは?」
「これは失礼。それがしはゴダート、そなたたちと同様に依頼を取りそびれてしまった剣士だ」
へえ、俺たちと同じってわけか。
けどそれなら、どうして受付の方へ来たのだろう。
クルタさんの声を聴いて、わざわざ注意しに来たのかな?
「実はそれがしも、一言文句を言ってやろうと思ってな。だが、そこの少女を見たらふと冷静になって」
「あー、人が怒ってるのを見ると冷めるとかありますよね」
「それでつい、口を挟んでしまった次第。この年になると、どうも説教臭くなっていかん」
ハハハッと快活に笑うゴダートさん。
その様子に毒気を抜かれたのか、クルタさんもまた朗らかに笑い始める。
場の雰囲気が一変し、のんびりとした時間が流れ始めた。
ここで遠くから、朝を知らせる鐘の音が聞こえてくる。
「もうこんな時間か。依頼も取れなかったことだし、飯とするかの」
「それなら、せっかくですし一緒に食べませんか?」
「それがしは構わぬが、年寄りの話など面白くないぞ?」
「いやいや、その年まで冒険者をやってるだけで大したもんだよ」
こうして俺たちはギルドを出ると、すぐに目についた食堂へと入った。
恐らく冒険者御用達の店なのだろう、注文するとすぐに特盛な料理の数々が運ばれてくる。
朝だというのに、ボリューム満点だ。
「ほう、これは朝からなんとも豪勢なことよ」
「……爺さん、大丈夫か?」
「何がだ?」
「いや、食いきれるのかって」
ロウガさんがそう言って不安げな顔をすると、ゴダートさんはムッとしたように眉を寄せた。
そして、眼の前に置かれた林檎を思い切りかじる。
「はっはっは、まだまだ若いもんには負けんわ! 歯もこの通り健康そのものよ!」
「おお、すげえな爺さん!」
「爺さんというのもやめろ。それがしが爺さんなら、そちらもオッサンであろうが」
「ははは、違いねえ!」
まだ出会って間もないというのに、すっかり意気投合した様子のロウガさんとゴダートさん。
競うようにして朝食を食べる二人を見ながら、ニノさんがぽつりと漏らす。
「年長者同士、ずいぶんと気が合うようですね」
「波長がちょっと似てるのかも?」
「……先ほどから私たちの胸をチラチラ見てるあたり、そのようだな」
やれやれと困ったような顔でつぶやくライザ姉さん。
その言葉にクルタさんもうんうんと頷く。
俺は気付いていなかったが、そういうとこもロウガさんに似ているらしい。
……まあ、男なんてだいたいそんなものかもしれないけれど。
「ロウガ殿も、それがしと同様に大会目当てか?」
「いんや、俺はただの付き添いだ。大会に出るのはそっちのライザとジークだよ」
「この若い二人がか! ……やや、ライザと言えば剣聖殿の名では?」
「ああ、一応そうだ」
「おおおおお!! 剣聖殿に会えるとは、それがし感動しましたぞ!」
椅子から立ち上がり、姉さんに握手を求めるゴダートさん。
その大袈裟な驚きぶりに、周囲も姉さんのことに気付いたのだろう。
にわかにざわめきが広がり、ひそひそと話す声が聞こえてくる。
そして――。
「もしかして剣聖さまも、依頼を受けそびれたのか?」
集団を引き連れたある冒険者が、何やら親しげに話しかけてきたのであった。




