表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
225/301

第三話 武の国エルバニア

 ラージャの街から北に向かっておよそ十日。

 大陸北部に広がる乾燥した荒野に、武の国エルバニアはある。

 もともとこの辺りは人の住まない不毛な土地であったが、豊富な鉱物資源が発見されたことで様子が一変。

 鉱石を求めて多くの職人たちが拠点を構え、さらに彼らの作る武具を求めて武人が集ったのだという。


「あれがエルバニアか。思ったよりでけえな」

「あの街に国民の八割が住んでるらしいからな。無理もない」


 馬車に乗って街道を進んでいると、赤茶けた地平線の先に大きな街が見えてきた。

 丘か山を丸ごと城壁で囲って街にしたのであろうか?

 市街街が上と下に分かれ、さながら二段重ねのケーキのようになっている。

 その規模はかなりのもののようで、国としては小さくとも都市としてはかなり大きいようだ。

 たぶん、人口もラージャよりはるかに多いだろう。

 

「もしかして、あれが大闘技場じゃない?」


 見てみてとばかりに、街を指さすクルタさん。

 街の下層、ケーキの一段目に当たる部分に巨大な円形の建造物が聳えていた。

 アーチを組み合わせて作られたようなその建物は、恐らく大剣神祭の舞台となる大闘技場だろう。

 大陸一の剣士を決める戦いが行われるだけあって、その威容は街の外からでもはっきりと見える。

 この感じからすると、万単位の観客を収容できそうだ。


「うわー、でっかいなぁ……! あそこで戦うと思うと……!」

「なに、すぐ慣れるさ。それに、戦いの最中は観客のことなど気にする余裕はないぞ」


 そう言って、どこか余裕のある笑みを浮かべるライザ姉さん。

 まさしく経験者は語るというやつで、説得力が半端ではない。

 まあ、まずはそこよりも戦いに勝てるかどうかついて心配するべきだろう。


「何はともあれ、無事につけて良かったよ。この辺りは魔物も多いから」

「そういや、ミーム荒野もこの近くだったな」

「ミーム荒野?」

「有名な危険地帯さ。知らないのか?」

「ええ」


 俺がそう言うと、ロウガさんはそっと馬車から身を乗り出した。

 そして荒野のはるか先、巨大なテーブルマウンテンの方を見やる。


「あそこにデカい岩山があるだろ? あの向こうに広がっているのがミーム荒野さ。龍脈が乱れているせいで、凶悪な魔物がわんさか住み着いてるらしいぜ。俺も実際に行ったことはないが、冒険者の間じゃ有名な場所さ」

「わぁ……絶対に近づきたくないですね」

「修行にはもってこいの場所だがな。私も、前の大会の時はあそこで調整したものだ」

「そりゃ、姉さんぐらい強ければ話は別ですけど……」


 ヒュドラさえ簡単に倒してしまうような姉さんと一緒にされても、流石に困るんだよなぁ……。

 Aランクになったとはいえ、俺の強さはまだまだ姉さんの半分にも満たないだろう。

 とはいえ、大会までしばらくの時間がある。

 長旅で身体が少しなまってしまっているし、調整は必要だろう。

 

「……街に着いたら、ギルドで依頼がないか見てみますか」

「んん? もしかして、ミーム荒野へ行くつもり?」

「いえ、ひょっとしたら荒野から迷い出たモンスターとか居ないかなって」

「なるほど、はぐれ狙いですか。それならちょうどいいかもしれません」


 ポンッと手をついて納得するニノさん。

 はぐれというのは、縄張りから迷い出たモンスターのことである。

 生存競争に敗れたものや餌に困ったものがほとんどで、高ランクでも討伐しやすいとされている。

 これらに関する依頼を見つけることができれば、大会前の鍛え直しにはちょうどいいだろう。

 万が一、危険な目に遭っても相手が一体なので逃げることぐらいはできるはずだ。


「…………あれ?」

「どうしました?」


 こうして、向こうに着いてからのことをあれこれと話していると。

 不意に御者をしていたクルタさんが、驚いたような声を上げた。

 いったい何事かと思って彼女の視線の先を見ると、門の前に長い行列ができている。

 馬車が数十台……いや、百台以上はいるだろうか。

 これ全部、エルバニアへの入国希望者だろうか?


「こりゃ、ずいぶん待たされそうだな」

「思った以上の人ですね」

「大陸でも最大級の祭りだからな、無理もない」


 前回も同様の賑わいだったのだろう。

 ふうっとため息をつくライザ姉さんの顔は、どこか慣れた様子だ。

 しかし参ったな、まだ大会まではひと月近くあるというのにこんなに人がいるなんて。

 やっぱり、他の人たちも早めに到着して環境に慣れておくつもりのようだ。


「今日のところは、街に入って宿を取るだけで精いっぱいそうですね」

「むしろ、この調子だと宿が取れるか?」

「あー……」


 よほどのことがない限り、どこかしら宿は空いているものである。

 これぐらいの大きさの街なら、どこも満室なんてことはめったにない。

 けれど、大剣神祭はその「よほどのこと」に該当するようだ。

 うーん、ここまできて野宿は流石に避けたいのだけれど……。

 ラージャの街を発っておよそ十日、流石にそろそろベッドが恋しくなってくる頃だ。

 するとここで、姉さんがやれやれと腰を上げる。


「任せろ、何とかする」

「まさか……いいの?」

「どちらにしろ、試合には出るのだから構わんだろう。それに、ラージャからは遠い街だしな」


 そう言うと、姉さんはサッと荷台から降りた。

 そして胸に手を当てると、すうっと大きく息を吸う。


「我が名は剣聖ライザ! 大剣神祭に参加するため、再びこの地に参った!!」


 高らかに宣言するライザ姉さん。

 武人らしい迫力と威厳に満ちた声が、遥か彼方にまで響き渡る。

 たちまち、ざわついていた人々が水を打ったように静まり返った。

 そしてすぐに、馬車や人々が道を開け始める。

 それはさながら、海が割れていくかのようであった。


「すご……これが剣聖の権威ってやつ?」

「忘れかけてましたけど、やっぱりすごいんですね」

「ふふん、そうだろうそうだろう!」


 クルタさんとニノさんに褒められ、姉さんはすっかり上機嫌となった。

 彼女は馬車に戻ると、すぐに御者をしているクルタさんの方をポンポンと叩く。


「さあ、行くぞ!」


 こうして俺たちは、姉さんの力も借りてエルバニアの街へと入っていくのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ