第二話 大剣神祭
――大剣神祭。
四年に一度開催される次期剣聖を決めるための剣術大会だ。
そのレベルは非常に高く、各国の騎士や有名冒険者などもこぞって参加する。
大陸に住む剣士にとってはまさしく祭りであり、夢の舞台でもあった。
しかし……。
「大剣神祭って、あと二年は先じゃなかった?」
前回の大会ではライザ姉さんが優勝したため、時期ははっきりと覚えている。
確か、あれは二年ぐらい前だったはずだ。
家で待っていた俺たちに優勝を報告したライザ姉さんの顔は、今でも忘れない。
姉さんが嬉し泣きなんてしたのは、後にも先にもあの時ぐらいだろう。
「それが、新国王の即位記念とやらで早まったらしい」
「国王って、エルバニアの?」
「ああ。何でも先代が心臓を悪くされたそうでな、少し早いが代替わりするそうだ」
「なるほど、それで」
武の国と呼ばれるエルバニアにとって、大剣神祭は国を挙げての一大イベントである。
新国王の権威を示すには、まさしくうってつけの催しなのだろう。
多少、無理をしてでも開催を早める意図は理解できた。
「大剣神祭には大陸各地から強者たちが集う。お前も参加すれば、間違いなく良い修行になるぞ」
「そりゃそうだろうけど、俺なんてまだあの大会に出るほどじゃないよ」
剣聖と言えば、世界の剣士の頂点に立つ存在である。
それを目指そうというのだから、大剣神祭に参加するのは世間でも名の通った強者ばかり。
仮に俺が出たところで、予選を勝ち抜いて本選に出られるかどうかすら怪しい気がする。
前にライザ姉さんに一発当てたことはあるけれど、あの時も剣士としては邪道なことをしていたし。
大剣神祭のルールの下では、あんなやり方はできないからなぁ……。
「うーん……」
「いいんじゃない? ボクはジークが活躍するとこ見てみたいかも」
「活躍ですか? いや、期待されても……」
「おいおい、Aランクになったのにまだ自信がねえのか?」
「そうですよ。ちょっと嫌味っぽいぐらいです」
新人の俺にランクを越されたことを、ちょっと気にしているのだろうか?
ニノさんの口調が、どことなーく刺々しい。
本気で怒っているわけではないが、チクチクつついてくる感じだ。
「あはは……。そうですかね?」
「そうですよ! そろそろ自覚したらどうですか?」
「……ま、ジークが自覚ないのはいつものことだから」
「だな。もしジークが調子に乗るような日が来たら槍が降るぞ」
そう言うと、楽しげに笑うロウガさん。
それにつられて、クルタさんやニノさんまでもが笑みを浮かべる。
……俺ってそんなに無自覚なのかな?
別にそんなことはないように思うんだけど……。
みんなのノリについて行けず首を傾げていると、やがて姉さんが仕切り直すように言う。
「とにかく、ノアには大剣神祭に出てもらう。これは私からの特別依頼だ!」
「拒否したら?」
「それはできん!」
有無を言わせぬ勢いのライザ姉さん。
これはもう、引っ張ってでも参加させるつもりだろう。
俺は渋々ながらも、大剣神祭に参加することを了承したのだった。
――〇●〇――
「さて、みんな集まりましたわね」
ところ変わって、ウィンスター王国の王都。
その郊外にあるノアの実家では、恒例の姉妹たちによるお茶会が開かれていた。
第九回お姉ちゃん会議である。
議題はもちろん、ノアが出場させられるであろう大剣神祭についてだ。
「大剣神祭が来月開催されるということは、前回の終わりに告げた通りですわ」
「まさか本当に二年も前倒しされるなんてね。ちょっと驚いたわ」
「ええ。あれだけの規模の大会を開催するには、相当の準備が必要なはずですが……」
顎に手を当てて、怪訝な表情をするファム。
教団の式典などにも関わる彼女は、大規模なイベントにどれだけ手間と時間がかかるかを熟知していた。
決して大国とは言い難いエルバニアが、大剣神祭を前倒しするのはかなり苦しいはずだった。
「表向きは新国王の即位記念となっておりますけど、いろいろと裏がある様ですわよ」
「へえ、何か知ってるの?」
「うちの情報網は優秀ですから。何でも、大剣神祭の早期開催を主張したのは現国王ではなく王になりそびれた第一王子だとか」
――王になりそびれた。
不意に出てきた曰くありげな言葉に、皆の表情が変わった。
アエリアは場の雰囲気が変わったことを察しつつも、冷静な口調で続ける。
「先王が隠居する際に、本来であれば第一王子のシュタイン殿下が位を継ぐはずでしたの。ですが、実際は素行不良を理由に王弟のエドワード公が継がれたとか」
「揉め事の気配。素行不良って、なに?」
「それについてはいろいろありますわね。コンロンとつるんで良からぬ商売をしたとか。女癖が悪くてそこら中に愛人がいるとか。宮廷費を私的に使い込んだとか……。どれも噂話で確証はございませんが」
「スキャンダルだらけじゃない! そんな王子が提案した早期開催……何かあるかもしれないわね」
腕組みをしながら、うーんと唸り始めるシエル。
するとここで、アエリアが急に余裕ありげな笑みを浮かべる。
「そこで、わたくしが大剣神祭を観に行きますわ」
「観に行くって、あの大会のチケットってほぼ取れなかったはずよ」
「おほほ、わたくしを誰だと思っておりますの? 大会への資金援助を申し出たところ、快くチケットをお譲りいただけましたわ」
「あ、自分だけずるいわよ!」
「ずるくありませんわ。悔しかったら、シエルも一億ゴールドほど援助すれば貰えますわよ」
「むぐぐ、ちょっと足りないわね……!」
一億ゴールドという大金に、流石のシエルも悔しげな顔をした。
ファムとエクレシアもすぐに大金を動かせないのか、ムムッと眉間に皺を寄せる。
三人とも資産はそれなりに持っているが、アエリアとは桁が違った。
「大丈夫、みんなの分もわたくしが責任をもってノアを見守りますわ。ライザもついていることですし、きっと平気だと思いますが」
「……ここは、アエリアに任せましょうか」
「そうですね。私もエルバニアとなるとすぐには向かえませんし」
「ん、今回は任せた」
こうして、アエリアが姉妹の代表としてエルバニアに向かうこととなったのだった。




