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第一話 切れ過ぎる剣

 ラージャの街から北東に向かうこと数時間。

 ラズコーの谷へと至る手前に、小さな遺跡がある。

 古代都市の跡地とされるそこには、全身が鉄で出来たアイアンゴーレムが現れることで有名だった。


「思ったよりも大きいですね」


 長い歳月の間に風化し、森に呑み込まれたような古代都市。

 かつては人が盛んに往来していたであろうその大通りを、巨大なゴーレムが闊歩している。

 その背丈は、大人の男の倍ほどはあるだろうか。

 ずんぐりとした土偶のような造形からして動きは遅そうだが、その分、パワーは相当な物にみえる。


「これでCランクは、ちょっと割に合いません」

「ま、強いけど倒し方はいろいろある相手だからね。それに、素材として売る分を考えれば割は良いし」


 不満げな顔をするニノさんに、クルタさんが告げる。

 ゴーレムは頑強な身体と無尽の体力を持つ厄介なモンスターだが、反面、行動パターンが絞りやすい。

 魔術回路で動いているため、どうしても単純な動きしかできないのだ。

 その上、倒せば全身を鉱物資源として売ることができるため決して悪い相手ではない。


「さっさと片付けちまおう。手筈通りにな」

「任せてください」


 俺が頷きを帰すと同時に、ロウガさんが建物の陰を出た。

 ゴーレムが彼の姿を発見し、排除に動き出す。

 すかさずクルタさんとニノさんがロープを投げ、ゴーレムの足へと巻き付けた。

 ――ゴォンッ!!

 バランスを崩したゴーレムが倒れ、鉄の巨体が錆びた鐘のような音を響かせた。

 それを合図として、俺は聖剣の柄に手を掛けながら一気に踏み込む。

 そして――。


「はあああぁっ!!!!」


 一閃。

 白刃が宙を裂き、ゴーレムの背中を火花が走る。

 その刹那、鈍い光を放っていた巨体が二つに割れた。

 ――軽っ!!

 あまりの手ごたえの無さに、俺は驚いて目を剥いた。

 巨大な鉄の塊がまるで野菜でも斬るかのようだった。

 勢い余った俺は、危うくゴーレムの前で盾を構えていたロウガさんに突っ込みそうになる。


「わわわっ!?」

「おいおい!? 大丈夫か?」

「え、ええ……」


 倒れそうになりながらも、どうにか体勢を整えて剣を鞘に納める。

 ふう、切れ過ぎるってのもちょっとばかり考え物だな。

 この威力だと万が一の時が恐ろしい。

 人間の身体なんて、掠っただけで真っ二つになりそうだ。


「……こりゃ、普段使いはやめた方がいいかもしれねえなぁ」

「それはそれでもったいなくない?」

「使い慣れておかないと、いざという時にうまく扱えないかもしれないですよ」

「うーん、そりゃそうだが……」


 ゴーレムの断面を見ながら、渋い顔をするロウガさん。

 つるりとした断面は滑らかに光を反射し、おぼろげながらも彼の顔を映し出していた。

 うーん、どうしたものかなぁ……。

 俺としては、せっかく苦労して手に入れた剣なのでしっかりと活用しては行きたい。

 けれど、みんなに怪我をさせたりしたくないし……。


「ゴーレムの残骸を納品するついでに、バーグさんに相談してみますか」

「親父に相談?」

「ええ、切れ味をちょっと抑えられないかって」


 こうしてゴーレム討伐を終えた俺たちは、バーグさんの店へと向かうのであった。


――〇●〇――


「そりゃ、やってやれねえことはないが……」


 その日の夕方。

 聖剣の切れ味について俺から相談を受けたバーグさんは、苦虫を噛み潰したような顔をした。

 うわぁ……めっちゃくちゃ嫌そうだな……。

 どうやら彼は、聖剣の切れ味について今の状態がベストだと思っていたらしい。


「魔王が相手だろうと負けねえように、この俺が丹精込めて修理した剣なんだぞ? その刃を、何が悲しくて鈍らせなきゃならねえんだ」

「そうは言うがな、ここまで切れると逆にあぶねえんだよ」

「ふん、刃物は何でもあぶねえもんだろうが!」


 そう言うと、バーグさんは俺たちが運んできたゴーレムの残骸を店の奥へと移動させた。

 そしてほらよっと金貨を投げてくる。


「依頼料だ。さっさと帰りな」

「おいおい、そう機嫌悪くするなよ」


 ロウガさんがどうにかなだめようとするものの、取り付く島もなかった。

 この分だと、バーグさんを説得するのはかなり難しそうだ。

 普段は気のいい彼だが、ドワーフだけあって鍛冶仕事には相当のこだわりがあるらしい。

 さて、どうしたものかな……。

 やっぱり、普段使い用に別の剣を用意するべきだろうか。

 俺があれこれ考え始めたところで、ふと店の外から声が聞こえてくる。


「まったく、我が弟ながら情けない」


 振り返れば、そこにはライザ姉さんが立っていた。

 話を立ち聞きしていたらしい彼女は、やれやれと大きなため息をつく。


「剣の切れ味を持て余すなど、まだまだ未熟な証拠だぞ」

「……珍しく正論で、何も言い返せない!」

「何が珍しくだ!……まあいい、そんなお前にちょうどいい知らせを持ってきてやったぞ」


 そう言うと、姉さんは先ほどまでとは打って変わって満面の笑みを浮かべた。

 ニコーっと擬音語が見えてきそうなほどだ。

 な、なんだ……? どうしてこんなに機嫌がいいんだ?

 ライザ姉さんが機嫌がいい時は、だいたいろくなことが起きない。

 俺はとっさに嫌な予感がして後ずさりするが、姉さんはサッと距離を詰めてくる。


「ほら、受け取れ」

「う、うん」


 こうして渡された紙をやむなく受け取ると、そこには――。


「第七十回エルバニア大剣神祭……えええっ!?」


 剣聖を決めるための剣術大会の名前が、大きくはっきりと記されていた。


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