第三十四話 聖剣の煌めき
「……デカくなったな」
俺を見下ろす龍の王は、竜の谷で対峙した時よりも明らかに巨大化していた。
一時間にも満たないほどの間に、全長が二倍近くまで膨れ上がっている。
よくもまあこれだけの相手を、ライザ姉さん一人で抑え込んでいたものだ。
ただならぬ殺気が肌を刺し、立っているだけで全身が痺れそうになる。
だが、不思議なほどに恐怖は感じなかった。
聖剣を握っている影響か、それともあまりに恐ろしくて感覚が麻痺しているのか。
いずれにしても、俺にとっては好都合だ。
「ノア、一人で飛び出して行かないでよ!」
「シエル姉さん! 良かった、ライザ姉さんとニノさんを頼みます!」
「ええっ!? ……しょうがないわね!」
後から追いついて来たシエル姉さんに、俺はライザ姉さんとニノさんを任せた。
シエル姉さんは少し戸惑いつつも、二人を連れて近くの建物の陰へと避難する。
そして大急ぎで、できるだけ強力な魔法結界を展開した。
あれならば、多少の余波ぐらいではビクともしないだろう。
「さて……。やりますか」
聖剣を構え、一気に王との距離を詰める。
それを迎え撃つべく、王は残った左腕を繰り出してきた。
しかし、その勢いは遅い。
右腕を切り落とされたダメージを、まだ引きずっているようだ。
――これはチャンスだ!
俺は隙をついて懐に飛び込むと、王の腹を袈裟に切り上げる。
「グアアアアァッ!?」
黒剣を弾き返した強靭な鱗。
それがわずかな手ごたえと共に、あっさりと割れて血が噴き出す。
「えええっ!?」
こ、これが伝説の剣の力なのか!?
黒剣とのあまりの違いに、斬った俺の方が驚いてしまった。
あの剣だって、隕鉄によって造られた名剣のはずなのだ。
それだというのに、これほどまでに違いが出てしまうとは……。
流石は神々の金属で造られているだけのことはある。
苦労して手に入れただけの甲斐があったというものだ。
「グオオオオォッ!!」
俺のことを、油断ならない敵と認識したのだろう。
龍の王の顔つきがにわかに変わり、瞳の赤い輝きが増していく。
攻撃の鋭さが増し、動きが一気に早くなった。
俺は繰り出される爪と尻尾を回避しながら、首の付け根にあるという逆鱗に狙いを定める。
恐らく、王を倒すだけならこの聖剣を用いれば十分に可能だ。
だが、俺が求めているのは王を正気に戻すこと。
それを実現するには、逆鱗から一気に聖の魔力を流し込むよりほかはない。
「どこだ……?」
しかし、その逆鱗の場所がなかなかわからない。
かなり限られた範囲のようで、遠目ではなかなか判別ができなかった。
もう少し近づくことができれば何とかなるが、敵の攻撃が激しすぎて思うように接近できない。
ほんの一瞬でいい、何とか王の注意をそらすことができれば……!
俺がそう思った瞬間、ニノさんが結界の中から何かを投げてくる。
「あれは……そうか!」
砲弾にも似た黒くて丸い物体。
とっさにそれが何なのかを察した俺は、すかさず眼を閉じた。
刹那、炸裂する光。
眼を閉じているというのに、視界が白く焼け付くかのようだ。
まともにそれを直視してしまった王は、たちまち悲鳴を上げる。
「よっし!!」
ニノさんの機転に、俺は思わず感謝した。
俺が困っているのを察して閃光弾を投げてくれたのだろうが、実にいい判断である。
王が視界を奪われているうちに、俺は距離を詰めて逆鱗の在処を探った。
そして――。
「見つけた!!」
歪ながらも向きの揃った黒い鱗。
その中で一枚だけ、流れに逆らうように逆向きに着いた鱗があった。
しかも、他の鱗とは色合いもわずかに異なっている。
漆黒の中に紫を混ぜ込んだような、独特の深みのある色だ。
「うおおおおおっ!!」
聖剣に魔力を宿らせ、全力で突き刺す。
――バリンッ!!
たちまちガラスが砕けるような音がして、鱗が割れた。
それと同時に、邪悪な魔力が黒い瘴気となって噴出する。
どうやら導師は、この逆鱗を中心として王の身体に宿ったようだ。
「グラン・ルソレイユ!!!!」
俺が使える中でも、最大最強の出力を誇る浄化魔法。
瘴気に呑まれながらも、俺は剣を通して魔法を王の体内へと撃ち込んだ。
聖と魔、光と闇。
相反する魔力が激しくせめぎ合い、たちまち衝撃で吹き飛ばされそうになる。
まるで、身体が内側から分解していくような感覚だ。
「ぐっ……!! でも、負けられない……!!」
竜の谷で俺たちのことを待っているであろう、ゴールデンドラゴン。
その顔を思い浮かべると、ここで負けてしまうわけにはいかなかった。
加えて、チーアンの人々のこともある。
魔族によって穢されてしまった彼らの信仰であるが、ドラゴンそのものは悪ではなかった。
そのことを証明するためにも、王には何としてでも正気に戻ってもらわなければならない。
「ノアッ!!」
「ジークッ!!」
やがて俺の動きを見ていたシエル姉さんとニノさんが、こちらに声援を送ってきた。
それだけではない、遥か彼方からも声が聞こえてくる。
どうやら街の入り口付近にいる住民たちが、こちらを見て叫んでいるようだ。
こちらに向かって、大きく手を振るクルタさんたちの姿も見える。
――こうなったら、何が何でもやってみせる!!
俺は身体の奥底から魔力を絞り出すと、最後の止めとばかりに一気に流し込んだ。
そして……。
「グオオオオオオオッ!!!!」
巨大な咆哮を上げた王の鱗が、白く染まり始めたのだった。




