第三十三話 剣聖の窮地
「硬いな!」
ライザの放った渾身の斬撃。
山をも切り裂くそれを受けてなお、龍の王は平然としていた。
鱗の一部に白い痕が残ったが、せいぜいかすり傷と言ったところ。
全身が金剛石で出来ているかのような、恐るべき頑強さだ。
「ならば、何度でも斬るのみ!」
一度でダメならば二度やればいい。
ライザは傷が浅いことを確認すると、同じ場所を狙ってもう一度斬撃を放った。
――キシィンッ!!
激しい金属音、飛び散る火花。
青白い軌跡は正確無比に傷を穿つ。
これには流石の龍の王も、いくらか痛みを覚えたのだろう。
ライザを睨みつけると、忌々しげに眼を細める。
ようやく、眼の前に立つ剣士のことを自身の敵であると意識したようであった。
「グオオオォッ!!」
「遅いっ!!」
放たれたブレスを、ライザは宙に飛んで回避した。
そのまま空を駆け抜けて、彼女は一気に王の懐へと飛び込む。
そして三度、同じ場所を斬った。
するとそれまで攻撃に耐えていた鱗が、とうとう割れて血が噴き出す。
ライザの圧倒的な技量が、龍の王の鱗に勝った瞬間であった。
しかし――。
「……まずいな」
右腕の筋肉が攣って、微かに震えはじめた。
剣の方にも相当な負荷が掛かっているようで、刃こぼれしてしまっている。
ライザの技量をもってしても、龍の王の鱗を斬ることはそれだけ困難なことだったのだ。
「次に賭けるしかないな」
今の状況からして、本気の攻撃を出せるのはあと一回が限度。
ライザはそう判断すると、身体の底から気を絞り出した。
全身から青白いオーラが吹き上がり、王もその力に刮目した。
さらに瞳を閉じて、意識を集中させる。
最大の一撃を繰り出すため、ライザの感覚が毛先に至るまで研ぎ澄まされる。
だがここで、予想外の出来事が起こってしまった。
「グア……?」
王の視線がふと、街の一角に注がれた。
変化を察したライザは攻撃を中断すると、王が何を見ているのかと振り返る。
するとそこには、大きな包みを抱えたニノの姿がある。
瓦礫にうまく隠れて移動していたようだが、王の眼は誤魔化せなかったようだ。
「あれは…………まさか、聖剣か!!」
ニノが抱える細長い布の包み。
形からして、中には剣が入っているようであった。
ニノが必死で運ぶ剣など、この世に一振りしかない。
ラージャから修理を終えて運ばれてくるはずの聖剣だけだ。
「グオオオオォッ!!!!」
聖剣の気配に気づいたのであろうか。
王は咆哮を上げると、即座に攻撃態勢に入った。
口元に魔力が集中し、たちまち燃え盛る火球が出来上がる。
――もしあれがニノに当たれば、ひとたまりもない。
ライザはやむを得ず、攻撃するタイミングを早める。
「はああああぁっ!! 天斬・滅竜撃!!!!」
三度放たれた斬撃。
鱗が裂け、とうとう刃が肉に食い込む。
紅い血が激しく噴き出し、王が激痛に喘いだ。
ブレスを中断した王は、激しくのたうち回る。
だが……。
「くっ……!! ここまでか!」
攻撃を早めたことが、やはり仇となった。
完全に押し切ることができず、ライザはやむを得ず離脱を測る。
しかし、力を使い切った身体は彼女の予想以上に動かなかった。
深く食い込んだ剣を抜くのに、少しばかり手間取ってしまう。
するとそれを好機と見た王は、彼女の身体を容赦なく手で払いのけた。
「かはっ!!」
吹き飛ばされ、近くの建物に叩きつけられるライザ。
瓦が跳ね上がり、身体が屋根にめり込む。
その衝撃で、手にしていた剣も吹っ飛んで行ってしまった。
まさしく絶体絶命といった状況だ。
「まずいな……逃げることすらできん……」
疲労した身体は、指一本動かすだけでもやっとだった。
屋根を飛び降りて逃げることなど、とてもできそうにない。
ポーションを飲むことすらできないような状態だ。
ライザはそんな自身にじわじわと距離を詰めてくる王の姿を見て、死を覚悟した。
すると自然に思考がクリアになり、不思議と晴れ晴れとした気分になる。
「最後の相手が龍の王か。格好はついたな……」
そう言って笑うライザに、王は容赦なく爪を振り下ろそうとした。
だがその瞬間、凄まじい雄叫びが響いてくる。
「やめろおおおおぉッ!!!!」
声と飛来する斬撃。
それはちょうど、ライザが作った傷口に導かれるようにして入っていった。
噴き出す血、轟く悲鳴、落ちる腕。
斬撃は見事に王の右腕を切り落とし、ライザを窮地から救う。
「姉さんっ!!」
こうして一時的にだが安全が確保されたところで、すぐさまノアが駆けつけてきた。
彼はライザの身体を抱きかかえると、急いでポーションを飲ませる。
気力を使い果たした身体に、少しずつ熱が戻り始めた。
「……大丈夫だ、もう動ける」
「良かった。もうあんな無茶しないでくださいよ」
そう言うと、ノアはライザの身体を抱えて地上に降りた。
そして建物の陰で寝かせると、改めて王と対峙する。
するとここで、背後から少女の声が聞こえてくる。
「ジーク、これを!!」
「……っ!!」
声の主はニノであった。
ジークは彼女から包みを受け取ると、中身を見て驚愕する。
それは修理に出していたはずの聖剣であった。
「もう届いたんですか!」
「はい。ちょうどさっき届いて、何とか受け取ってきました」
「良かった、これがあれば……!」
剣を抜き放つジーク。
青白い刃が、陽光を反射して鮮やかに光るのだった――。




