第三十二話 竜滅の剣
「……また強くなってるね」
ドラゴンを相手に、大立ち回りを繰り広げるライザ。
空を自在に駆けるその姿を見て、クルタはただただ茫然と呟いた。
以前にクルタたちが遭遇した、恐るべき大怪蛇ヒュドラ。
それと戦った時と比べても、ライザは明らかに成長していた。
速度とキレが増していて、冴え渡る刃が次々とドラゴンを墜としていく。
「これなら、全部倒せるかもしれねえな」
ライザのあまりの強さに、ロウガは興奮した様子でそう告げた。
この勢いならば、チーアンの街からドラゴンを追い出すことも夢ではなさそうだ。
しかし、彼の隣にいたクルタは眉間に皺を寄せる。
「それはどうだろう。ちょっと、消耗が激しいように見えるよ」
「そうか? さっきからスピードもパワーも落ちてないようだが……」
「パッと見はね。ほんのわずかにだけど、精彩を欠きつつあるよ」
自身もAランクで、体術を得意とする戦士だからであろう。
クルタにはロウガが気づいていない細かな点が見えているようだった。
剣の軌跡、踏み込みの速さ、そして表情。
それらにごくわずかにではあるが、異変が起きつつある。
「とにかく、今のうちに逃げるしかねえな……」
「あの、私たちも連れて行ってください!」
「んん?」
不意に声を掛けられ、驚くロウガとクルタ。
振り返れば、そこにはたくさんの街の人々がいた。
どうやら、ライザと共に儀式の場から戻ってきた人々らしい。
中には子どもたちの親もいたようで、わあっと大きな歓声が上がった。
「街から逃げるなら、私たちもどうか……。あの剣士様が、あなたたちを頼れと」
「なるほど、ライザに頼まれたんだね。もちろんいいよ、着いて来て!」
こうして合流した人々と共に、クルタとロウガは街からの避難を始めた。
しかし、街の住民のほとんどが一斉に移動するのである。
その人数は多く、なかなか順調には進まない。
加えて、街が燃えてしまっているこの状況。
冷静さを欠いている者も多く、怒号が飛び交う場面もあった。
「俺の家が……!!」
「ああ、商品が……! 私の全財産……!」
「こら、止まるんじゃねえ! 死んじまうぞ!」
繰り広げられる喧噪、荒れる人々。
クルタとロウガはどうにか彼らを導き、街の入り口近くまでやってきた。
ライザはその間も戦い続け、街にはドラゴンの骸がいくつも転がっている。
その数は既に十頭以上にも及び、ライザの尋常でない強さを物語っていた。
ドラゴン討伐を誇る猛者は、高ランク冒険者であればそれなりにいる。
だがそのほとんどが、複数人で時間をかけてようやく一頭のドラゴンを狩ったという程度だ。
ライザのような短時間での一方的な殲滅など、想像の範疇からもはみ出している。
「苦しくなってきたな」
とはいえ、ライザの体力にも限界はある。
もとより激しい消耗を前提として、普段以上の力を引き出していたのだ。
剣を振るうたびに、腕が攣るような激痛が襲いかかってくる。
類まれな精神力で痛覚をねじ伏せているライザであったが、流石にそれも持たなくなってきた。
彼女はふうっと息を吐くと、ぐるぐると肩を回してロウガたちの方を見やる。
「ちっ、避難がかなり遅れているな。このままでは……」
ライザがそうつぶやいた瞬間であった。
遥か尾根を越えた先から、何か大きな気配が迫ってくる。
あまりに邪悪で、あまりに強大。
その存在を察知したライザは、たちまち全身を強張らせた。
剣聖である彼女の実力をもってしても、微かにだが恐怖を覚えたのだ。
「これが……王か?」
やがて姿を現したのは、黒鉄の鱗を持つ巨大なドラゴンであった。
その痩せて骨張った身体は、仄かに死の香りを纏っている。
不健康ながら、強大な生命力を秘めた紅い眼。
歪に伸びた牙は、生物としてどこか不完全な印象を与える。
――生まれる際に、何かあったのか?
王の異様な風体に、ライザは眼元を歪めながらそのようなことを考える。
「グオオオオォンッ!!!!」
「くっ!!」
天を揺るがすかのごとき咆哮。
それに操られるかのように、ドラゴンたちは翼を止めて地に降りた。
ライザもたまらず近くの建物の屋根へと避難する。
これほどの力を感じたのは、彼女にとっても初めてだった。
前に遭遇した魔族の幹部ですら、これには及ばない。
「はっ、面白いではないか!」
しかし、気圧されたからと言って素直に引くようなライザではなかった。
彼女はゆっくりと立ち上がると、剣を構える。
その眼に浮かぶ感情は、恐怖でも絶望でもなく喜びであった。
自分より強い存在に挑戦したいという剣士の本能が、生物的な恐怖をも上回ったのだ。
「はあああぁっ!! 天斬・滅竜撃!!」
巨大なオーラを纏い、最初から全力の攻撃を放つライザ。
こうして龍の王と剣聖の戦いが始まるのだった――。




