第三十一話 姉とドラゴン
「みんなこっち! 急いで!!」
「早く、建物の影に隠れるんだ!」
街の上空を旋回し、次々にブレスを放つドラゴン。
炸裂する炎によって家々は焼き払われ、街を爆風が吹き抜ける。
平和な街に舞い降りた絶望。
なすすべもなく逃げ惑う子どもたちを、ロウガとクルタは少しでも安全な場所へ逃がそうとする。
「まずいな、このままだと街が焼け野原になっちまう」
「早くジークが戻ってきてくれるといいんだけど……」
「こりゃ、それまで持たないかもしれねえ」
ロウガがそうつぶやいた瞬間であった。
彼らの宿でもあった白龍閣にブレスがぶつかり、瞬く間に炎に包まれる。
そして巨大な楼閣が、火の粉を巻き上げながらゆっくりと崩落していった。
街の中でもひときわ大きな建物の崩壊に、たちまち彼らの顔つきが険しくなる。
ロウガたちの避難した建物も、いつ攻撃を受けるか分からなかった。
「ちっ! こうなったら仕方ねえ、街を出るぞ!」
「でも、子どもたちが……」
保護した子どもたちへと目を向けるクルタ。
ロウガと彼女だけならば、この状況でもどうにか逃げだすことはできるだろう。
だが、子どもたちを連れて行くとなると話は別だ。
どうしても目立つことになる上に、子どもの足では移動も遅くなる。
建物の陰から出るのは、ある種の賭けだった。
生き残るか、全滅するか。
その二択しか存在しない。
「リスクはある、だがここにいてもじり貧だ」
「もう少し待てないの?」
「ダメだ、こういう時に判断を遅らせるとろくなことにならねえ」
「それはわかるよ。冒険者だけなら、ボクだってそうする。でもここにいるのは……」
「ペルちゃん!!」
不意に、二人の背後にいた少女が叫んだ。
急いで振り返ってみれば、小さな柴犬が道の真ん中を歩いている。
どこかの飼い犬だったようで、首には赤い首輪が巻かれていた。
足に怪我をしているようで、その歩き方がどこかぎこちない。
「大丈夫、ペルちゃん!!」
「こら、ちょっと待て!!」
「いきなり出たら危ないよ!!」
ロウガとクルタの制止も無視して、少女は道に飛び出して行ってしまった。
そして犬を抱きかかえると、満面の笑みを浮かべる。
「ペルちゃん、良かった……!!」
愛犬を見つけて安心したのか、少女はそのまま座り込んでしまった。
犬も愛する飼い主と再会できたのがうれしいのだろう、少女の頬を舐めて尻尾を振る。
だがここで――。
「グルァ?」
翼を休めるため地上に降りていたドラゴン。
それがいきなり、建物の陰から顔を出した。
交錯する視線。
不運にもドラゴンと目が合ってしまった少女は、たちまち身体を強張らせる。
恐怖の中で静止する時間。
少女が息を呑む音だけが、燃え盛る炎の中でもはっきりと響いた。
まさしく恐怖と絶望の瞬間であった。
「クソッ! 間に合えッ!!」
「そりゃああッ!!」
少女を邪魔だと思ったのだろう。
胸を膨らませ、息を吸い込むドラゴン。
ロウガは少女を庇うべく走り出し、クルタは少しでも攻撃を遅らせようとナイフを投げた。
しかし、間に合わない。
ドラゴンは巨大な火球を吐き出し、少女と犬が炎に呑まれる。
「クソがァ!!!!」
「な、な……」
目の前で少女を焼かれた。
その事実に、ロウガとクルタは打ちのめされそうになった。
二人とも冒険者として、修羅場を経験したのは一度や二度ではない。
だが、これほどまでに子どもが死ぬのを見るのは初めてだった。
心の奥底から、無力感と自分への怒りが込み上げてくる。
だが次の瞬間――。
「安心しろ、子どもは無事だ」
立ち上る炎が割れて、見慣れた赤髪の女剣士が姿を現した。
その手には少女と犬がまとめて抱かれている。
ブレスが着弾するまでのごくわずかな間に、少女と犬を保護したのだ。
まさしく神業としか言いようのない速さである。
そんなことができるのは、剣聖である彼女ぐらいのものだろう。
「ライザ……!! 戻ってきたのか」
「少し遅くなった。まさか、街がこんなことになっているとは……」
空を舞う龍を睨み、忌々しげな顔をするライザ。
彼女は少女と犬をロウガたちに任せると、改めて剣を抜く。
その顔つきはいつになく厳しく、眼は強い決意に燃えていた。
「あのドラゴンは私が何とかする。その間にお前たちは街の人を連れて逃げろ」
「何とかするって無茶だよ! ジークが時間を稼いだ時とは状況が違う!」
「そうだ! あの時はドラゴンどももここまで殺気立っちゃいなかったからな」
慌ててライザを止めようとするロウガとクルタ。
以前、ジークがドラゴンの群れを足止めした時よりも状況は遥かに困難。
群れ全体が殺気に満ちているうえに、街ではあの時にジークが使ったような手は使えない。
いくら剣聖と言えども、無事で済むとは思えなかった。
しかしライザは、二人に対して笑いながら言う。
「私を誰だと思っている? 負けるものか」
そう告げると、ライザは大きく息を吸い込んだ。
そして自らの気を高めると、全身に行き渡らせていく。
彼女の身体がぼんやりと青白い光を放ち始めた。
そして――。
「はああぁっ!!」
空気を蹴り、宙に駆け上るライザ。
彼女はそのままドラゴンの肩に達すると、巨大な首を一撃で切り飛ばすのだった。




