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第三十話 千年前

「ノアッ!?」


 吹っ飛ばされた俺を見て、すぐに声を掛けてくるシエル姉さん。

 俺はそれに答えて左手を上げると、ゆっくりと立ち上がった。

 そして懐からポーションを取り出すと、すぐさま口に流し込む。

 今のであばらが一本、持っていかれたようだ。

 胸の奥が焼けるように痛く、ポーションを飲むだけで苦しい。


「俺は何とか。でも、剣が……」

「仕方ないわ、撤退してライザと合流しましょ」

「そうですね、ライザ姉さんなら――」


 俺が言い終わらないうちに、龍の王が凄まじい咆哮を上げた。

 もはやそれは衝撃波のようで、俺とシエル姉さんはたまらず耳を押さえる。

 クソ、鼓膜が破れるどころか頭が割れそうだ……!!

 こうして俺たちが身動きできない間に、王は大きく翼を広げた。

 禍々しい黒が、視界を覆う。

 それはドラゴンというよりは、死神を連想させた。


「まさか、街に向かうつもり!?」

「行かせるわけには……!!」


 俺は最後の抵抗とばかりに、折れてしまった黒剣を投げた。

 しかし龍の王は、それを風圧で軽く弾き返してしまう。

 そしてそのまま、ゆっくりと空に舞い上がった。


「あんなのが山を下りたら、国が亡びるわよ……!」

「でも、一体どうすれば……」

「…………逆鱗を衝くのじゃ」


 王の飛び去った方角を見て、茫然とする俺たち。

 その耳に、どこからかひどく弱々しい声が届いた。

 これは、ゴールデンドラゴンの声か!

 俺たちが慌てて振り返ると、そこには虫の息ながらもこちらを見る彼女の姿があった。


「王を倒すには、首の付け根にある逆鱗を衝くよりほかはない。そこならば、人の武器でも王を殺せる」

「……あの王は、あなたの子どもなんですよ」


 俺は改めて、念押しするようにそう告げた。

 するとゴールデンドラゴンは、こちらをカッと睨みつける。

 その強い眼差しからは、壮絶な決意のほどが伺えた。


「構わぬ! もはやあの龍は、妾の子にはあらず! 世を破壊する恐るべき怪物じゃ!」

「ですが……」

「……我ら竜族は誇りに生きる。あのような状態で生きる方が、遥かに苦痛なのじゃ」


 しっとりとした口調で告げるゴールデンドラゴン。

 その穏やかな声には、我が子に対する複雑な思いが詰まっているようだった。

 母として、本当は生きていてほしいのだろう。

 しかしそれを押し殺して、俺たちに依頼しているようだった。


「先代の龍の王は、妾の叔父であった」

「えっ……!」


 予期せぬ告白に、驚く俺とシエル姉さん。

 何かしらの繋がりがあるとは思っていたが、それほど近い血縁だとは思わなかった。


「祖母が言うには、千年前にも魔族が現れて王を操ろうとしたそうじゃ。その企みによって破壊の化身となってしまった王を、祖母は加護と引き換えに人間に倒させようとした。ちょうど、今の妾のようにな」

「その人間というのが、チーアンの人だったんですね?」

「ああ。祖母は優しい龍だった故、我が子と直接戦うことはどうしてもできなんだのだろう」


 祖母の顔を思い浮かべているのだろうか、穏やかな表情をするゴールデンドラゴン。

 一方で、俺とシエル姉さんは千年前の真相についておぼろげながらも確信を持ちつつあった。

 メイリンの家に伝わる信仰と街の人々の間に伝わる信仰。

 そのどちらもが正しく、どちらもが間違っていたということなのだろう。

 龍は加護を授けるのと引き換えに、悪意に染まった王の討伐を依頼した。

 そして結果的に、依頼を引き受けた勇者が犠牲となってしまったのではなかろうか。


「結局、祖母の依頼した人間は王を倒すことはできなんだそうじゃ。だが、そなたたちならば必ずや倒せるじゃろう。先ほどの戦いを見て、そう確信した」

「…………わかりました」

「おお、やってくれるか! 後味の悪い仕事を任せて、すまぬな」

「ええ。でも、俺は殺しません」


 俺の宣言に、ゴールデンドラゴンは驚いて言葉を返すことができなかった。

 シエル姉さんもまた、呆れたように目を見開く。

 そしてすぐさま、勢いよく俺に詰め寄ってきた。


「ノア! あんた、まだそんなこと言ってるの!?」

「確かに俺も、さっきまでは龍の王を倒そうとしてたよ。でも、こんな頼みを受けたらやれない!」


 俺は感情を爆発させるように、そうハッキリと叫んだ。

 その勢いに押されて、シエル姉さんがわずかにたじろぐ。

 ゴールデンドラゴンもまた、少し驚いたように息を呑んだ。

 俺がここまで強い主張をするとは、思っていなかったのだろう。


「俺は最後まであきらめません。龍の王を正気に戻して見せます」

「でもそんなこと……」

「諦めたら終わりじゃないですか。それに……」


 俺はそう言うと、ゴールデンドラゴンの顔を改めてみた。

 今のところ小康状態にあるようだが……その身体の魔力は弱まり続けている。

 王を早く誕生させるために、無理やりに魔力を引き抜かれたせいだろう。

 恐らくは、あと数時間も持たない。


「死ぬ前に、必ず再会させますから」

「そうか。では、期待せずに待っているとしよう」

「ノア……」


 ゆっくりと眼を閉じるゴールデンドラゴン。

 それを見届けたシエル姉さんは、もう俺の方針に対して何も言わなかった。

 止めても無駄だと悟ったのか、認めてくれたのか。

 そのどちらかは分からないが、心なしか寂しげな顔をしている。


「さあ、行きましょう!」


 こうして、チーアンに向かって走り出した俺とシエル姉さん。

 本当の闘いはこれからだ――!


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