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第二十八話 加護

「馬鹿な、術式が斬られただと!!」


 ゴールデンドラゴンを拘束していた制御術式。

 長い歳月をかけてドラゴンの心身に刻み込まれたそれは、その魂にまで浸食が及んでいた。

 普通に考えれば、この術式だけを斬ることなど不可能だろう。

 膨大な魔力によって歪みが生じていたとはいえ、ライザ姉さんの技が無ければ俺でも無理だった。


「これでもう、このドラゴンはお前には従わない」

「はっ! そうなったところで、そいつが何をするかはわからんがな。貴様らを食うかもしれんぞ?」


 予想外の出来事に狼狽しつつも、すぐに脅しをかけてくる導師。

 確かに、ドラゴンは人に対して友好的な存在ではない。

 しかしこのゴールデンドラゴンについては、不思議と確信があった。

 こいつは、人を害するような存在ではない。

 あくまで操られているだけに過ぎないのだと。

 

「……礼を言うぞ」


 やがて、どこかから声が響いて来た。

 静かながらも威厳のあるその声は、俺の目の前から聞こえてくる。

 これはまさか……!!

 俺が慌てて視線を上げると、ドラゴンが人懐っこい笑みを浮かべた。


「そなたのおかげじゃ。ようやく解放された」

「ゴールデンドラゴン……話せたんだ……!」


 高い知能を持つとされるドラゴンであるが、言葉を発したのを聞くのは初めてだった。

 俺どころかシエル姉さんも予想していなかったようで、意外そうに手を止める。

 一方、導師は唇を噛みしめて心底忌々しげな顔をした。


「おのれ……!! 貴様、誰のおかげでそこまで成長できたと思っている!」

「妾を育てたのは、そなたの野心を果たすためじゃろう? 何の義理もない」

「飼い犬に手を噛まれるとはこのことだな! まあいい、もう一度従わせてくれる!」


 激しい怒りの為せる業であろうか。

 導師の魔力が膨れ上がり、禍々しいオーラとなって放たれる。

 流石、真なる魔族を称するだけのことはあるな……!

 空中に火花が飛び散り、時折、導師の身体から黒い稲妻が迸った。


「こいつ、一体どこにこんな魔力が……!!」

「カッカッカ! これが一千年に渡り蓄えてきた我が魔力だ!」

「こりゃちょっとヤバいわね……!」


 シエル姉さんの額に、じんわりと汗が滲んだ。

 あまりの禍々しい魔力に、俺も思わず身を引いてしまう。

 しかし、ゴールデンドラゴンはとても落ち着き払っていた。

 彼女は俺を見やると、勇ましい声で告げる。


「妾が加護を与えよう。今のうちに、奴を斬るのじゃ!」


 大きく翼を広げ、咆哮を上げるゴールデンドラゴン。

 それと同時に、金色の光が俺の身体を包み込んだ。

 これは……すごい……!!

 全身からとめどなく力が溢れてくる。

 自分のあらゆる能力が、何倍にも高まるのを感じた。


「ノア、私が奴を止めるわ! 後に続いて!!」

「はいっ!!」

「小癪な!! 千年前のようにはいかぬぞ!!」


 右手を高く掲げ、魔力を集中させ始める導師。

 しかし、姉さんの魔法の方がはるかに早く発動した。

 賢者だからこそできる、無詠唱の超高速発動。

 初級や中級ならまだしも、上級魔法でこれができるのは世界でもシエル姉さんぐらいだろう。

 流石の導師もこれには驚くが、時すでに遅し。

 強力な氷の魔力によって、その身体が凍り付く。


「この程度、すぐに吹き飛ばして――」

「どりゃああああッ!!!!」


 右足を深く踏み込み、飛ぶ。

 時間が加速し、感覚のすべてが研ぎ澄まされた。

 もはや巨大な魔力の塊と化している導師の身体。

 そのどこを切ればよいのかが、直感的にわかる。

 さながら、魔力の流れが目に見えているかのようだった。

 己の感覚に従って、俺は導かれるように剣を振り下ろす。


「うぐおあああぁっ!?」


 ――スルリ。

 導師の首が驚くほど抵抗なく斬れた。

 感触の無さに自分でも少し驚いてしまったほどだ。

 これが、ドラゴンの加護なのか……!!

 俺だけの力であれば、絶対にこうはいかなかっただろう。

 改めて、加護の力の凄まじさを実感する。

 自分が自分でないような気がして、少し怖いぐらいだった。


「ノア、やったわね!」

「ええ、これも姉さんとドラゴンさんのおかげですよ」

「妾の加護を授けたのじゃ、当然じゃのう」


 そう言うと、得意げに鼻を鳴らすゴールデンドラゴン。

 威厳のある姿をしているが、意外に茶目っ気のある性格なのかもしれない。

 とにかく、このドラゴンが味方で本当に助かった。


「……これじゃ、討伐するわけにはいきませんね」

「ええ。報告書はこっちで上手いこと書いておくわ」


 任せておいて、とばかりに親指を上げるシエル姉さん。

 重圧から解放されたせいか、ずいぶんとご機嫌である。

 だが、安心してばかりもいられない。

 俺はドラゴンさんに近づくと、先ほど群れの飛び去った方角を見ながら言う。


「そうだ、チーアンに向かった群れを何とかしてもらえませんか? このままじゃ街が……」

「もちろんじゃ。元はと言えば、あやつらもあの魔族が集めたものじゃからの、帰してやらねば」


 そう言うと、天を仰いで咆哮を上げるゴールデンドラゴン。

 だがその途中で、その黄金色の巨体がにわかに硬直する。

 これは、まさか……!!


「カカカ……魔族の生命力を……甘く……見たな!」

「嘘……!? 首だけで飛んでる!?」


 なんと、首だけの状態になっても導師は生きていた。

 凄まじいまでの生命力と執着心である。

 いくら魔族と言えども、こんな状態で生きられるなんて思わなかった。

 とはいえ、無理に無理を押し通した奇跡的な状況なのだろう。

 言葉を紡ぐのにも苦労するありさまで、放っておいてもすぐに力尽きそうだ。


「はっ! そんな状態で、今さら何ができるって言うのよ!」

「我が怨念とこの結晶に宿した魔力で……王を乗っ取ってくれる……。その姿を見られないのが残念であるがな……」


 そう告げた瞬間、首がぼたりと地面に落ちた。

 それと同時に、結晶から黒い霧の様な魔力が噴出する。

 一気に谷中に広がったそれは、たちまちゴールデンドラゴンの身体を呑み込んでしまった。


「グオアアアアアッ!?」


 人の言葉も忘れ、本能のままに叫びを上げるゴールデンドラゴン。

 その腹が不気味に蠢き、見る見るうちに膨れ上がっていくのだった――。


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