第二十三話 ゴールデンドラゴン
「……ずいぶんと集まってますね」
導師のいる社へと向かう途中。
俺は集まってきた人の多さに、思わずつぶやいた。
ララト山の麓にあるチーアンは、辺境ゆえにさほどの大きな街ではない。
そうだというのに、俺たちと同じように社に向かって歩いていく人がぞろぞろ。
どうやら今回の儀式には、住民の大半が参加するようだ。
「数百年に一度の儀式ですからね。動けない人以外はほぼ参加すると思いますよ」
「そりゃそうなるわよね。私だって、龍の王はちょっと見てみたいもの」
かつて大陸に大いなる災いを齎したという龍の王。
恐ろしい存在ではあるが、同時に気になる存在でもある。
怖いもの見たさというべきだろうか、何となくシエル姉さんの感覚は理解できた。
まあ、チーアンの人々は龍を神聖な存在と見なしているのでまったく別なのだろうが。
「私も、一度戦ってみたいものだ」
「……言っとくけど、わざと誕生させたりしないでよ?」
不穏な言葉を発するライザ姉さんに、思わずツッコミを入れるシエル姉さん。
いくらライザ姉さんが脳筋だからって、流石にそんなことはないよな?
強敵と戦うことが大好きな姉さんが燃える理由はわからんでもないのだけど。
「さ、そろそろ着きますよ」
こうして人の流れに乗って歩くこと十数分。
俺たちはチーアンの街を見下ろす崖の上へとやってきた。
ちょうど、メイリンの家からは街を挟んで反対側の場所である。
そこに木造の小さな社が建っていて、前に大きな人だかりができている。
ざっと見ただけでも百人以上は集まっているようだ。
「あれが導師って人?」
「ええ、そうです」
やがて社の中から、白髪の老人が姿を現した。
顔に刻まれた深い皺と曲がった腰からして、七十歳にはなっているだろうか。
真っ白な衣を纏っていて、どこか浮世離れした雰囲気がある。
しかしその眼光は鋭く、こちらを睥睨しているようであった。
「皆の者、ついにこの日が来た! ともに龍の王の誕生を祝い、新たな時代を迎えようではないか!」
老人とは思えないほどに、張りと威厳のある声。
それに応じて、たちまち群衆が気勢を上げた。
……声に微かに魔力が混じっているのか?
形容しがたい高揚感を覚えた俺は、すぐにシエル姉さんに尋ねる。
「これってもしかして……」
「ええ、古典的な洗脳手法ね。不思議な力って、ただの手品じゃないのよ」
眉間に皺をよせ、不機嫌そうな顔をするシエル姉さん。
この手の輩のことを、あまり快くは思っていないのだろう。
だがそんな姉さんをよそに、群衆たちはさらにヒートアップしていく。
「よし、では参ろうではないか! 皆の者、わしについてこい!」
群衆たちを引き連れて、導師は山道を歩き始めた。
さて、谷に通じる秘密の道とはいったいいかなるものであろうか?
そう思いながら進んでいくと、意外なことに導師は街の方へと降りていく。
そしてそのまま、街の大通りへと出てしまった。
「ここだ。お前たちは少し下がっていろ」
やがて広場に差し掛かったところで、導師は群衆たちを一時待機させた。
そして手にしていた杖で、広場の中心に置かれていた竜の像の足元を叩く。
するとザラザラと石が滑るような音がして、大きな地下通路が姿を現す。
大人数での移動を想定しているのか、大人が五人は横に並んで歩けるほどの幅があった。
「なかなか大した仕掛けだな」
「ええ。それに、通路の奥から強い魔力を感じるわ。結界ね」
「今まで全く気付かなかった……」
広場の地下にこんなものがあったなんて。
チーアンにはかれこれ一週間以上は滞在しているが、全く気が付かなかった。
街の中で魔力探知を使ってみたこともあるが、なぜ反応しなかったのだろう?
俺が首を傾げていると、シエル姉さんがスライドした石畳を見て言う。
「あの石、魔力が漏れないように加工がしてあるわ」
「でも、普通の材質ですよね?」
「裏に古代文字が刻んであるのよ。けど、この手の技術は……」
思うところがあるのか、首を傾げるシエル姉さん。
しかし、まだ確証がないらしくそれ以上は何も言わなかった。
そうしている間にも導師は階段を降りて地下に赴き、結界を解除する。
「下りてこい! 聖龍様が我らを待っているぞ!」
こうして地下通路に入って進んでいくと、次第に空気の質が変わってきた。
どうやら、竜の谷から濃密な魔力が流れ込んできているようである。
魔力をたっぷりと孕んだ空気は、わずかに液体のような質感があった。
「…………これは!」
ある程度進んだところで、得体の知れない何者かの気配を感じた。
もしかしてこれが、ゴールデンドラゴンなのか?
俺たちが今まで遭遇してきたドラゴンとは、まるで違う生き物のようにすら感じられた。
まだ姿を見てすらいないというのに、強大な力を秘めていることがはっきりとわかる。
「凄まじいな。ララト山の魔力が一か所に集まっているのか?」
普段は魔力などほとんど感じないライザ姉さんが、顔をしかめて言った
それだけ、凄まじいエネルギーが集中しているということである。
これほどの魔力を投入して産み出される生命体……。
想像するだけでも恐ろしい存在だ。
シエル姉さんが俺たちに龍の王の存在を伏せた気持ちも、今ならば少し理解できる。
「さあ、着いたぞ! おお……!!」
やがて地下通路を抜けて、谷底へとたどり着いた俺たち。
そこに待ち受けていたのは――。
「グオオオォ……!」
金色に輝く翼を持つ、巨大なドラゴンであった。




