第二十一話 衣装
「よし、これでばっちり!」
丹念に研ぎあげたナイフを見ながら、満足げに笑うクルタさん。
温泉での出来事から、はや二日。
いよいよ儀式を明日に控え、俺たちは最後の準備に取り掛かっていた。
それぞれに武器を整備しつつ、必要な物資をマジックバッグに放り込んでいく。
「しかし、本当にうまく行くのか? 例の導師ってやつの情報もほとんど手に入らなかったぜ?」
ここにきて、不安げな顔でつぶやくロウガさん。
今日までの間、彼とニノさんには導師を名乗る人間の情報を集めてもらっていた。
しかし、口止めでもされているのか街の人々からはほぼ何も聞きだすことができなかった。
分かったのは、導師と名乗る人間が現れたのは先代の龍の王が討伐された後だということ。
そして、ある種の予知能力を持っているということぐらいだ。
「そうはいっても、ここまで来て引けないわ。やるしかない」
「うーん、だがなぁ……」
腕組みをしながら、煮え切らない表情をするロウガさん。
どうにも、彼はメイリンのことを未だに信用できないと思っているらしい。
儀式の話についても、最初から少し懐疑的だった。
「心配しすぎですよ。ロウガはガサツに見えて小心者なんですから」
「俺はただ、年長者として大人の意見を言ってるだけだ!」
「年長者の威厳を見せたいなら、普段から年長者らしい振る舞いをしてください」
ニノさんにそう言われて、ロウガさんは何も言い返すことができなかった。
……まぁ、大人の威厳を見せるにはいろいろと日頃の行いが悪いからなぁ。
痛いところを突かれて、身を小さくするロウガさん。
その様子を少し気の毒だと思うが、こればっかりはしようがない。
「問題はそれよりも、どうやって儀式に紛れ込むかだな。変装と言っても、当てはあるのか?」
ここで、ライザ姉さんが話題を切り替えた。
するとすかさず、シエル姉さんがマジックバッグの中から色鮮やかな衣装を取り出す。
赤地に金色の刺繍が施されたそれは、チーアンの女性がよく着ている物だった。
「はい、これ」
「む、ずいぶんと薄くてひらひらしているな」
「街の古着屋で買ってきたのよ。ライザのサイズはそれしかなかったから」
どこか嫌味っぽく告げるシエル姉さん。
そう言えばチーアンの人って、どちらかというと肉付きの薄い身体つきをしてるからなぁ。
ライザ姉さんのような体形をしている人は、ほとんどいないのだろう。
「試着してみて。もし合わなかったら調整しないと」
「わかった」
衣装を手に、隣室へと消えていくライザ姉さん。
カシャンカシャンと鎧が床に落ちる音が聞こえた。
そして数分後、再び戻ってきた彼女の姿は――。
「おお、いつもとは全然印象が違うね!」
「これは、もしかするとお姉さまにも引けを取らないかも」
「ほう、なかなか色っぽいじゃねえか」
口々にライザ姉さんのことを褒めたたえるクルタさんたち。
紅に金糸を織り交ぜた光沢のある生地。
それが身体のラインに密着し、スタイルの良さを際立たせていた。
さらに下半身には深いスリットが入っていて、健康的な太ももがチラリと覗く。
剣士という印象が強い普段のライザ姉さんと違って、女性的な魅力が前面に出ていた。
「どうだ、ノア? いいだろう?」
裾を持ち上げ、太ももを見せつけてくるライザ姉さん。
俺をからかっているのだろう、実にいい笑顔をしている。
これは、どう反応すればいいんだ……?
素直に褒めるのも、何だか嫌らしい感じがするよな……。
俺が答えに窮していると、シエル姉さんがはいはいと会話を断ち切った。
「まったく、剣聖ともあろうものがはしたないわよ?」
「ノアが困った顔をするのが、ついつい面白くてな」
「やめてくださいよ、姉さん」
「ははは、すまんすまん!」
口では謝る姉さんだが、全く懲りた様子はなかった。
本当に困ったものである。
俺がやれやれとため息をついていると、今度はシエル姉さんが隣室へと消えていく。
「お待たせ。どうかしらね?」
やがて戻ってきたシエル姉さんは、ライザ姉さんとほぼ同じ型の服を着ていた。
ライザ姉さんの服が赤地に金糸なのに対して、こちらは緑地に銀糸だ。
スリットも少し浅く、いくらか落ち着いた印象である。
活発な剣士であるライザ姉さんに対して、静かな魔導師であるシエル姉さんの特徴がよく表れていた。
「似合ってるじゃない! へえ、可愛い……!」
「うむ、シエルとよく合っている」
「当然じゃない。ちゃーんと似合うのを選んだんだから」
自身のセンスが褒められてうれしいのか、満面の笑みを浮かべるシエル姉さん。
彼女はそのままご機嫌な様子で、俺にも服を手渡してくる。
「はいこれ。ノアも早く試着してきなさい」
「わかった、ちょっと待ってて」
隣室に移動すると、さっそく姉さんの用意した服に袖を通す。
姉さんたちの着ていたものとは違って、ゆったりしたデザインで下にズボンを穿くようになっている。
色は光沢のある黒で、派手な模様などがないのが男らしい。
流石はシエル姉さん。
いつ買ったのかは知らないけれど、実にいいセンスをしている。
俺たち姉弟の中では、エクレシア姉さんに次ぐかもしれない。
「どうですか?」
「おー、決まってる!」
「なかなか男前じゃねえか」
部屋に戻ると、口々に褒めてくれるクルタさんたち。
一方、シエル姉さんは笑みを浮かべながらも冷静に言う。
「ちょっと動いてみて。もし動きづらかったりしたら困るから」
姉さんに言われるがまま、動きに問題がないかを確認する俺。
こうして、儀式の潜入に向けて準備が着々と整っていくのだった。




