第二十話 儀式
「これで邪魔者は居なくなったわね」
氷漬けとなったロウガさんを見て、満足げに笑うシエル姉さん。
ロウガさんには少し悪いけれど、まあ自業自得だろう。
ほんと、女性絡みのことさえなければ頼りになるいい人なんだけどなぁ。
「あはは……。姉さん、すっかり本調子ですね」
「まあね。あのお祖母ちゃん、ほんとに腕のいい薬師だわ」
そう言うと、体調の良さをアピールするように姉さんは腕をグルグルと回した。
魔法のキレを見る限り、魔力の方も絶好調のようである。
「それに、隠し事がなくなってすっきりしたしね」
「まったく……。龍の王の誕生など、もっと早く言うべきだったな」
少しばかり棘のある言い方をするライザ姉さん。
俺と同様、重要なことを言ってもらえなくて怒っているようである。
クルタさんたちも、それに同調してうんうんと頷く。
「確かにちょっと驚いたけど、それを聞いたからってビビったりしないよ」
「そうです。お姉さまにも失礼です」
「……今回のことに関しては、ほんとに私が悪かったわ。ごめんなさい」
自身に非があることを素直に認めるシエル姉さん。
彼女にしては珍しい行動だが、今回に関しては仕方がないのだろう。
いくら俺たちを怖がらせないためとはいえ、大事なことはきちんと仲間に伝えるべきだ。
「しかし、これからどうする? もう一度、あの黒雲洞を抜けていくのか?」
「……それはちょっと勘弁してほしいところね」
ムカデの巣となってしまっている洞窟を抜けていくのは、流石にもう嫌なのだろう。
かと言って、ドラゴンの群れを突っ切って谷に直接向かうのも難しい。
シエル姉さんは軽く腕組みをすると、困ったように唸り始めた。
するとここで、メイリンが遠慮がちながらも言う。
「あの、実は谷に通じる道はもう一つあるんです!」
「え? それ本当なの?」
「はい。でも、普段は結界で閉ざされていて儀式のときにしか開かれないんです」
「その儀式ってのは、いつなの?」
「三日後です。龍王様が誕生する直前に、それを祝う儀式を行うんです」
それを聞いて、少し考え込むシエル姉さん。
俺たちの目的はゴールデンドラゴンの討伐と強奪された魔結晶の奪還。
そして、新たなる龍王の誕生を阻止することである。
この中で最も優先順位が高いのは、龍王の誕生を未然に防ぐこと。
これが果たされなければ、最悪、大陸全土が災厄に見舞われてしまう。
「……龍王が誕生する時期って、チーアンの人たちは正確にわかるの?」
「導師様の予想だと、あと五日だそうです」
「導師様?」
「はい。この街で代々、龍に仕えるとされているお方です。普段は顔をお見せにならないのですが、不思議な力を使えるとか」
また新たな人物が登場した。
龍に仕える導師か……何となく怪しい気配がするのは気のせいだろうか?
メイリンの家の話を聞いた後なので、そう感じるだけかもしれないが。
「何とか儀式に潜り込んで、ゴールデンドラゴンを不意打ちする。それが一番かもしれないわね」
「でも、儀式に潜り込むってどうやって?」
「儀式には街の人たちも参加します。結構な大人数で行くので、そこに紛れ込めば……」
「でもボクたち、顔を知られちゃってるなぁ」
困ったように呟くクルタさん。
そう言えば、協力者を探すために街中の人に声を掛けていたのだっけ……。
変装したとしても、彼女たちが儀式に潜り込むのは難しそうだ。
「あんまり顔を知られていないのは、ノアと私とライザぐらいかしらね」
「寝込んでた俺はともかく、姉さんたちもですか?」
「ええ。私はあんたの看病をしてたし、ライザは山で修業してたから」
なるほど、そういうことか。
それなら確かに、姉さんたちの顔は宿の人たちぐらいしか知らないだろう。
彼らにしても、俺たちとは接触を取らないようにしているようであまり顔を合わせることはない。
うまく変装して魔法で気配を消せば、何とか誤魔化せそうだ。
「そうなると、残念だけどボクたちは別行動ってわけか」
「もしかすると、ゴールデンドラゴンが倒れると群れが崩壊するかもしれません。そうなると、はぐれたドラゴンたちが街に来ることも考えられます」
「なるほど……。じゃあ、いざという時に街のみんなを守るのがボクたちの役目だね」
納得したように頷くクルタさん。
こちらとしても、街に彼女たちが残ってくれるならば安心である。
いろいろあったけれど、これでどうにかゴールデンドラゴンを倒す目途がついたな。
俺はふーっと息をつくと、サウナの壁にもたれかかる。
「うむ、では三日後までにさらに技を磨いておかねばな」
「あ、言っておくけど本当にやばくなるまでライザは手を出したら駄目よ」
「わかっているさ」
「ボクたちもいろいろ準備しないとね。……あっ」
ここでクルタさんが、しまったとばかりに声を上げた。
その視線の先には、ロウガさんの入った大きな氷がある。
サウナで溶けたとばかりに思っていたが、魔法の氷は思ったよりも溶けにくかったようだ。
氷の中で、ロウガさんがすっかり青い顔をしてしまっている。
道理で、サウナに長時間いたのにみんな平気な顔をしていると思った!
こんな氷の塊が残っていれば、涼しいわけだ。
「……死んだ?」
「いや、勝手に殺しちゃダメですよ! ロウガさーーん!!」
慌てて氷を砕き、ロウガさんを救出する俺たち。
彼がどうにか復活を果たしたのは、それから三十分ほど後のことだった。




