第十九話 温泉のひととき
「ふぅ~~!! いい気分だぜ!」
翌日、俺たちはメイリンの案内で山の温泉を訪れていた。
昔は街の住民もよく利用した場所だそうだが、より便利な場所に源泉が見つかったため廃れたらしい。
そのため、街の人との接触を避けたい俺たちでも人目をはばからずに利用できるとのことだった。
とはいえ、設備自体はしっかりしたもので大きな湯殿はもちろん脱衣所なども完備。
おまけに山の斜面にある温泉のため、湯船からは遥かチーアンの街を見下ろすことができる。
まさしく言うことなしの絶景温泉だ。
「やっぱり温泉はいいですねー」
「ああ。体が疲れた時は一番だ」
ドボンッと肩までお湯に浸かるロウガさん。
眼を細めて、何とも気持ちよさそうな顔をしている。
俺も全身を石鹸で洗うと、泡を流してすぐに湯船に浸かった。
乳白色のお湯がしっとりとした肌触りで、全身を優しく包み込まれるようだ。
そして、全身の力が心地よく抜けていく。
前にラズコーの谷周辺でも入ったことがあるが、あの時よりもいいかもしれない。
「ふぅ……。天国ですねえ」
「ああ。惜しむらくは、ここが混浴じゃねえってことだな」
そう言うと、女湯と男湯を隔てる大岩を見やるロウガさん。
高く分厚いそれは斜面に大きく迫り出していて、間違っても覗きなどできないようになっていた。
「ロウガさんはいつもそれですね……」
「まー、男なんてそんなもんだろ。むしろ、ジークは欲が無さすぎねーか?」
「別にそういうわけじゃないですけど」
「なら聞くが、お前はどんな女が好きなんだ? 言っておくが、優しい人とかはなしだぜ」
ニヤニヤッと少し嫌らしい笑みを浮かべながら、俺にすり寄ってくるロウガさん。
そう言われても、あんまり考えたこととかないんだよな……。
実家から出してもらえなかった俺は、同年代の男子との付き合いがほとんどなかった。
そのため、こういう話題にはどうにも慣れていない。
すっかり困ってしまって、逆にロウガさんに聞き返す。
「なら、ロウガさんはどんな人が好みなんですか?」
「俺か? そうだな……。胸がドカンとデカくて色気があって、気風のいいねーちゃんとか最高だな」
ロウガさんの言葉で、俺はヴェルヘンで出会ったラーナさんの姿を思い出した。
しなやかな肢体にくびれた腰、量感たっぷりに膨らんだ胸。
目鼻立ちはハッキリとしていて色気があり、それでいて男勝りな気風の良さを伺わせる。
ロウガさんの求める条件を、十二分に満たした人物であった。
「あー、それでラーナさんとペアを組んでたんですね」
「待て待て、何でそこでラーナが出てくる!」
「だって、ロウガさんの言う女性ってまんまラーナさんじゃないですか」
「あれは違う! 見た目はそうかもしれんが、中身は絶対に違う!」
いささかムキになって否定するロウガさん。
彼はそのまま、俺と少し距離を取ってしまった。
……とりあえず、さっきの質問には答えなくても良さそうだな。
俺はほっと胸を撫で下ろすと、再び肩まで湯船に浸かる。
「そう言えば、このお風呂ってサウナもあるみたいですよ」
「蒸し風呂のことか?」
「ええ。地熱を利用しているとかで、すごく気持ちいいとか。それに、サウナの方は混浴らしいです」
「それを早く言え!」
急に眼の色を変えて、凄い勢いで湯船から上がっていくロウガさん。
彼は手拭いで身体を軽く拭くと、そのままサウナのある岩陰の方へと向かっていく。
「ああ、ちょっと待ってください!」
「なんだ? 俺は急いでいるんだ!」
「サウナに入るには、専用の服を着ないとダメです!」
「……なんだ、着衣なのか」
へなへなとその場に崩れ落ちてしまったロウガさん。
まったく、何を期待していたんだか……。
俺はやれやれとため息をつくと、湯船から出て脱衣所に入った。
そしてメイリンから預かっていたサウナ用の白い服を手渡す。
「これです」
「ほいよ。へえ、手触りがいいな」
「サウナから出たら、そこの湧き水で身体を流すといいとか。調子が整うらしいですよ」
「よし、んじゃ入るか」
こうして、服を着た俺たちはサウナの中へと足を踏み入れた。
すると驚いたことに、既に先客がいた。
ライザ姉さんである。
「む、お前たちも来たのか」
「ええ、せっかくなので。姉さんこそ、何やってるんですか?」
何故か、サウナの中で胡坐をかいていたライザ姉さん。
既にかなり長い時間入っていたようで、その額にはじっとりと汗が滲んでいた。
「うむ、精神修養にちょうどいいと思ってな。座禅をしていたのだ」
「ざぜん? 何ですか、それ」
「メイリンに聞いた東方の修行法だ。結構いいぞ」
「へえ……。でも、やりすぎないでよ?」
サウナで倒れてしまっては、元も子もない。
俺がそう注意をすると、姉さんはわかったわかったとばかりに頷いた。
そうしていると、今度は反対側の扉が開いてクルタさんたちが中に入ってくる。
俺たちと同様、みんなでお揃いの白い服を着ていた。
女性用と男性用は少しデザインが違うようで、女性用は身体にぴったりとしたものになっている。
「これはなかなか……」
「む、ロウガは何を見ているんですか?」
「ははは! 人聞きが悪いな、何も見てないって」
警戒感を露わにするニノさんに、笑って誤魔化そうとするロウガさん。
しかし、その視線は明らかに女性陣の胸元へと注がれている。
薄手の服が汗で肌に張り付き、胸のラインがはっきりとわかるようになってしまっていた。
「……やはり一番はライザか」
やがて、ぽつりとつぶやくロウガさん。
かなり小さな声であったが、ここは狭いサウナの中。
本人が思った以上にはっきりと皆に聞こえてしまった。
そして――。
「何が一番なのかしらね?」
「え? いや、俺は別にシエルが小さいとは……」
「やっぱり思ってたんじゃないの!!」
たちまち炸裂する、シエル姉さんの氷魔法。
ロウガさんはそのままサウナの中で氷漬けとなったのだった。




