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第十四話 龍の王

「……完全にうっかりでしたね。失敗しました」


 そう言って、ふうっとため息をついたメイリン。

 なぜ彼女は俺たちに嘘をついたのだろう?

 やはり、チーアンの街に根付く竜信仰に従ってゴールデンドラゴンを守るためなのだろうか。

 俺は思わず、声を大にして尋ねる。


「どうして、こんなことを?」

「王を無事に誕生させるためです」


 メイリンの言ったことが、俺にはすぐに理解できなかった。

 王とは……いったい何なのだ?

 俺が首を傾げる一方で、姉さんはその意味が分かっているようであった。

 彼女は唇を噛みしめると、猛然と叫ぶ。


「馬鹿なこと言わないで! 王が誕生すれば、大陸は破滅するわ!」

「違います! 王はこのララト山を守護する神聖な存在です!」


 激しく意見を対立させる姉さんとメイリン。

 お互いに感情を露わにし、激しく火花を散らせる。

 弟としては、ここはしっかりとシエル姉さんの味方をしたいけれど……。

 そもそも、王が何なのかがよく分からない。

 

「あの……王って何なんですか?」

「そうね、こうなった以上はノアたちにも知らせるしかないか」


 意を決するように、シエル姉さんは深く息を吸い込んだ。

 そして俺の顔をまっすぐに見据えると、ゆっくりとした口調で語り出す。


「ノア、そもそも私たちがゴールデンドラゴンの討伐に来た理由は覚えてる?」

「ええ。研究所から巨大な魔結晶が強奪されたんですよね?」

「その通りよ。じゃあなんで、ゴールデンドラゴンは魔結晶なんて盗んだのだと思う?」


 姉さんの問いかけに、俺は言われてみればと首を傾げた。

 これまでは単に、自らの魔力を高めるためぐらいにしか思っていなかった。

 しかし、考えてみればゴールデンドラゴンは生態系の頂点に君臨するモンスターである。

 わざわざ危険を冒して研究所を襲撃なんてしなくても、既に十分強い。

 それに魔力を吸収したからと言って、すべて自らの力になるわけではないのだ。


「……わからない。あんまり深く考えてなかった」

「産卵のためよ。ゴールデンドラゴンは千年に一度、卵を産むために莫大な魔力を掻き集めるの」

「ひょっとして、その卵から生まれるのが……」

「王よ。大陸に破滅をもたらす龍の王」


 ……なんてこったよ。

 これが、シエル姉さんが今まで俺たちに隠していたことか。

 道理でたまに深刻な表情をしていたわけだ。

 竜の王の伝承については、俺も聞いたことがある。

 前に現れた時は、西に住む魔族たちをも巻き込んで大きな戦いが巻き起こったとか。

 それがまさか、今まさに生まれようとしていたなんて。

 あまりにもゾッとしない話である。


「なんで……! どうして、そんな大事なことを言ってくれなかったんですか!」

「心配を掛けたくなかったからよ! 私はノアのためを思って……」

「そんなの、姉さんのワガママだ!!」


 ――パシンッ!

 気が付けば、俺は姉さんの頬を平手で打っていた。

 ライザ姉さんとの試合を除けば、俺が初めて姉さんに手を上げた瞬間だった。

 心のうちには、怒りではなくただただ深い悲しみだけ。

 俺のことを深く信じ切ってくれなかったという無力感すらあった。


「ごめん。でもこれだけは言わせて。俺のことを、もっと信じてよ」

「ノア……」


 俺の強い口調に、少しばかり驚いたのであろうか。

 シエル姉さんは大きく目を見開き、茫然とした口調でこちらを見ていた。

 ――ほろり。

 やがてその眼から、大粒の涙がこぼれ落ちる。

 しまった、そんなに頬が痛かったのかな?

 流石に泣くほど叩いたつもりはないのだけれど……。

 俺が予想外の涙に戸惑っていると、姉さんは不意に表情を崩す。


「頼もしくなったじゃない。すぐに戻っちゃうのがノアらしいけど」

「え?」

「今回は私が悪かったわ。…………その、ご、ごめんなさい」


 ひどくぎこちない様子ながらも、シエル姉さんは俺に向かって深々と頭を下げた。

 素直に謝るなんてこと、絶対にしようとしなかった姉さんがである。

 俺がそのことに戸惑いを隠せずにいると、姉さんは気を取り直すように言う。


「……そんなことよりも! いまはメイリンのことよ!」

「ああ、そうでした! えっと、メイリンの話だと龍の王は神聖な存在なんでしたっけ?」


 俺がそう問いかけると、メイリンは待ってましたとばかりに深々と頷いた。

 そして揚々と自身の主張を語り出す。


「はい! 龍の王が破滅をもたらすというのは間違っています! 龍の王はこのララト山を……いえ、大陸全土を守護する神聖な存在なんです!」

「違うわ! 龍の王のせいで国が滅びた記録もあるの! あなたたちの信仰は間違ってる!」

「そんなことはありません! 龍の王は……!」


 互いに一歩も譲ることなく、激しさを増していく言い争い。

 二人の怒号が洞窟に反響して、岩壁が震えるようだった。

 するとここで、どこからか何かが滑るような音が聞こえてくる。

 ズルリ、ズルリ……。

 不気味な物音は静かに、しかし素早く俺たちに近づいて来た。

 しかし姉さんとメイリンは、激しい口論をするあまりそれに気づかない。

 そして――。


「危ないッ!!!!」


 洞窟の奥から、赤く巨大な顎を持つ大百足が姿を現した――。

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