第十三話 暗闇の中
「……ううむ、まだ出られないのか?」
行き止まりで引き返してから、何時間が過ぎたのだろうか?
俺たちはまだ黒雲洞の中を彷徨っていた。
ドラゴンが終結した影響なのであろうか?
メイリンが案内する道は、どこもかしこも塞がってしまっていたのだ。
「すいません……! どうも、落盤が相次いでいるみたいで」
「まさか、わざとじゃないだろうな?」
「もちろん! 私だって、こんなところは早く出たいですよ!」
「本当だろうな?」
メイリンの肩に手をかけ、詰め寄るライザ姉さん。
その迫力に、たまらずメイリンは「ひっ」と小さな悲鳴を上げた。
見かねたシエル姉さんが、やれやれと二人の間に割って入る。
「まあ落ち着いて。そりゃ、あれだけドラゴンが集まればおかしくもなるわよ」
「……それもそうか」
「それに、ドラゴンだけじゃないみたいだしね」
そう言うと、シエル姉さんは天井の鍾乳石に眼をやった。
本来なら氷柱のように長く伸びているはずのそれらは、途中で折れたように短くなっている。
それも一つや二つではなく、周囲の鍾乳石のほとんどが欠けたり折れたりしていた。
「もしかして、これもムカデの仕業?」
「恐らくはね。ここに引っかかるとなると、相当な大きさだわ」
天井の高さは、ざっと大人の背丈の二倍と言ったところであろうか。
鍾乳石の長さの分を考えても、人間の背丈を遥かに超える体高だ。
高さでそれだけなのだから、いったい長さはどれほどになるんだ……?
想像をするだけでも、恐ろしい怪物だ。
大きさだけなら、ドラゴンをも超えるかもしれない。
「……ねえ、次に広い場所に着いたら休まない? 流石にちょっと疲れてきちゃったよ」
「ええ。疲労した状態で敵に遭遇したら危険です」
体力的に厳しくなってきたのか、休憩を提案してくるクルタさんたち。
洞窟の地面は硬くて滑りやすく、高低差もかなり激しかった。
俺や姉さんたちはまだ余裕があるが、クルタさんたちは既にかなり疲れているようだ。
「そうね、時間ももうすぐ夕方になるし。今日のところは、ここで休むしかなさそうだわ」
「まあ、しょうがねえな。物資はあるし、ゆっくり行こうぜ」
「そうですね。ゴールデンドラゴンとは万全の態勢で戦いたいですし」
幸いなことに、野営の準備はしっかりと整えてきている。
万が一、谷で身動きが取れなくなった時などのためにたっぷりと食料も持ち込んでいた。
ゴールデンドラゴンの動きが気になるが、余裕が全く無いわけではない。
「それなら、ここから少し進んだ先に大空洞があります。そこで休みましょう」
「よし、さっさと行こうぜ。俺もちょっと疲れちまった」
こうして、そこからさらに歩くこと数分。
俺たちの目の前に、広大な空間が姿を現した。
地下の渓谷とでも表現すればいいのだろうか?
天井が非常に高く、地上に近づくほど壁が迫り出して細くなっている。
さらに時折、ぼんやりと淡い光の揺らめきが見えた。
どうやらこの場所は、ララト山を走る龍脈からかなり近い場所にあるらしい。
「おお……これは大したものだな!」
「すごいですね、星空みたいだ」
「魔力が光ってるのね。こんなの、私も初めて見るわ」
揺蕩う光の靄を見ながら、興味深そうにつぶやくシエル姉さん。
洞窟の中ということで、辛気臭い感じになってしまうのではないかと思っていたが……。
この分ならば、快適に野営することが出来そうである。
俺たちはさっそくマジックバッグの中から資材を取り出して準備を始める。
「それじゃ、テントは俺たちに任せといてくれ」
「なら、私たちは料理の準備をするわ」
「私にお任せください! 料理は得意なんです!」
ここで、メイリンが自ら料理番を買って出た。
案内がうまく行っていないことに、責任を感じているのだろうか?
彼女は姉さんやクルタさんたちに休むように言うと、一人で料理を始める。
「私の家は、もともと小さな宿屋だったんです。白龍閣ほど高級じゃないですけど」
「へえ、それで手際がいいんだ」
「はい! お母さんの手伝いをいっぱいしてましたから」
どこからか自前の調理器具を取り出し、調理を進めていくメイリン。
やがて香ばしい匂いが漂い始め、俺たちの目の前にどっさりと饅頭が積み上げられた。
ほこほこと湯気を立てるそれらは、ふっくらして何とも旨そうだ。
「どうぞ! メイリン特製肉まんだよ!」
「すげえ! 洞窟でこんなのが食えるなんてな!」
「んんー! 肉汁が溢れる!!」
肉まんをかじって、心底満足げな笑みを浮かべるクルタさん。
よほどおいしいのだろう、彼女は無言で二個目を口に放り込んだ。
隣のニノさんも、彼女に負けじと次々と肉まんを食べ進める。
「焦らなくても、おかわりはたくさんありますよ!」
「おいしくってね、つい!」
「じゃあ、俺も……」
こうして肉まんを食べると、たちまち旨味が口いっぱいに広がった。
おぉ……! 肉汁の洪水みたいだ……!
もっちりとした皮が旨味を良く吸い込んでいて、噛めば噛むほど溢れてくる。
白龍閣で出されたものも絶品だったが、これも決して負けていない。
むしろ、いくらか上回っているようにさえ思える。
「…………ん?」
こうして肉まんをお腹いっぱいに食べると、不意に眠気が襲ってきた。
お腹が満たされたせいで、疲れが一気に出てきたのだろうか?
俺はたまらず瞼を擦るが、眠気が収まる気配はない。
段々と身体が重く、動かなくなってきた。
「……やっぱりそういう手で来たわね。ノア、これを!」
ここでいきなり、シエル姉さんがポーションを投げつけてきた。
慌ててそれを受け取って口に含むと、たちどころに眠気が消えていく。
やっぱりそういう手って、まさか……!
俺が驚いていると、シエル姉さんが畳みかける様に言う。
「ぜんぶ嘘だったのよね、メイリン」
「ど、どういう意味でしょう?」
「お母さんが病気だってのも、竜炎草が欲しいってのも全部よ」
「そんなこと、ありません!」
シエル姉さんの追及に、メイリンはフルフルと首を横に振った。
その仕草は何とも弱々しく、本気で焦っているようであった。
しかし、姉さんは躊躇することなく言う。
「だって、あなたが欲しがってた竜炎草ってね。確かに高価な薬草ではあるのだけど……」
はぁっと息をつき、何やらうんざりしたような顔をするシエル姉さん。
彼女はメイリンの眼をまっすぐに見据えると、改めて強い口調で告げる。
「強力な精力剤に使う薬草でね。お母さんの病気の薬になんて、絶対に使わないの」
それを聞いた瞬間、メイリンの表情が凍り付いた――。




