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第十一話 決戦前

「そういうことなら、私たちとしても協力してあげたいわね」

「ですね。よろしくお願いします」

「こちらこそ! なにとぞ、よろしくお願いします!」


 互いに深々と頭を下げた俺たちとメイリン。

 彼女の母のことは心配だけれど、これでどうにか案内の目途はついたな。

 後はできるだけ早く体調を整えて、討伐に向かわないと。

 俺がそんなことを考えていると、ここでニノさんが思い出したように告げる。


「そうだ、もう一つお知らせがありますよ」

「何ですか?」

「さっきバーグさんから、無事に聖剣の修理が完了したと連絡が来ましたよ」

「おお! それは良い知らせですね!」


 二週間ほどかかると言っていたけれど、予想よりも大分早く仕上がったようである。

 復活した聖剣は、一体どんな性能を秘めているのか。

 勇者伝説に憧れた俺としては、想像するだけで心が躍るようだった。


「依頼に苦戦しているという話をしたら、早馬で届けてくれるとか。流石に間に合わないとは思いますが」

「そうね、ラージャからなら一週間はかかるだろうし」

「あー、あると確かに心強いですけど……流石にちょっと待てないですね」


 指を閉じたり開いたりして、具合を確かめながら呟く俺。

 まだ十分に力が入らない状態だが、この分ならあと三日もあれば回復するだろう。

 できるだけ早く討伐はした方が良いし、メイリンの母親のこともある。

 ちょっと残念だが、聖剣の到着を待つ余裕はなさそうだ。


「ま、試し切りは次の機会ってことだな」

「だね、お楽しみは後でってことで」


 せっかくなら大物を斬ってみたいという思いがなくはなかったが、こればっかりは仕方ない。

 俺は素直にロウガさんとニノさんの言葉に頷いた。

 そうしていると、またしても部屋の扉が開く。


「おっ! ノア、起きていたんだな!」


 やがて中に入ってきたのはライザ姉さんであった。

 彼女は俺に近づいてくると、そのまま勢いよく抱き着いてくる。


「あわっ!? ね、姉さん!?」

「心配したんだぞ! まったく、お前は無茶ばかりして……!!」


 よほど心配だったのか、ぎゅーっと強く締め付けてくる姉さん。

 鎧を着たままだったので、胸当てが顔に当たって痛かった。

 ……というか、いくらなんでも腕の力が強すぎる!

 このままじゃ、顔が潰されちゃうよ!


「いた、痛い……! 姉さん、くるしい……!」

「あ、すまんすまん! つい力が入ってしまった!」

「もう、気を付けてよ」


 危うくまた倒れてしまうところだった。

 ライザ姉さんは加減ってものを知らないんだから困る。

 

「ライザ、あんたどこ行ってたのよ?」

「修行だ。ついでに、ドラゴンどもがこちらに来ていないか様子を見てきたぞ」

「どうでした? まだ大丈夫そうですか?」

「ああ。どうも連中は、谷を警戒して離れないような感じだったな」


 それを聞いたシエル姉さんは、何やら腕組みをして考え込み始めた。

 そして、窓越しにララト山を見ながらああでもないこうでもないと呟く。


「もしかして、もう生まれた? けど、流石にまだ早すぎる……」

「シエル姉さん?」

「ああ、何でもないわ。けど、竜の谷を守ってるって一体どういうことなのかしらね?」

「うーむ、ゴールデンドラゴンに何か関係あるのだろうが……わからんな」


 お手上げとばかりに肩をすくめるライザ姉さん。

 その視線がふと、メイリンに向けられた。

 そう言えば、メイリンが来た時にはライザ姉さんは居なかったな。

 俺はすぐに彼女の紹介をする。


「ああ、この子はメイリンと言って案内を買って出てくれた子なんです」

「そうだったのか、それはありがたい」

「いえ、こちらこそ。よろしくお願いします」

「……それでですが、メイリンは何か心当たりはないかな? ドラゴンが竜の谷を守る理由」


 俺の問いかけに対して、メイリンは小首を傾げた。

 そして少し間を空けたのち、ぶんぶんと首を横に振る。


「……さあ? 竜に関する伝承はいくつもありますが、そこまでは」

「地元の人なら何か知ってるかと思ったんだけど……。やっぱりそっか」

「ま、何にしても竜の谷には行かなきゃならねえからな。その時に分かるんじゃねえか?」

「そうですね。最悪、ケイナさんに資料を送れば調べてもらえるでしょうし」


 ケイナさんというのは、以前にお世話になった魔物研究所の研究員さんである。

 最近はラージャに常駐しているらしく、ギルドにもちょくちょく顔を見せていた。

 彼女ならば、ドラゴンたちに何が起きているのか調べてくれることだろう。

 もっとも、流石にそれには時間がかかるだろうが。


「問題はそこよりも、黒雲洞を通るルートが安全かどうかだな」

「それについては大丈夫だと思います。黒雲洞は途中でいくつも枝分かれしていて、そのうちの一本が竜の谷の谷底に通じてるんです。谷底は霧が深いので、そこから入ればドラゴンにも見つからないかと」

「じゃ、あとは私の魔法で気配を薄くすれば完璧だわ」


 ひとまずの方針は定まった。

 あとは、体力の回復を待ちつつ準備を整えるだけである。

 ひとまずの目途が付いたことで安心した俺は、ほっと息をついて窓の外を見る。

 するとどうしたことであろう、宵の空のもとでララト山がぼんやりと光って見えた。


「あれは……?」

「龍脈が光ってるんだわ。魔力が変動してるせいね……」

「気味が悪いな……ドラゴンが集まってるせいか?」

「……たぶんそうだと思うわ。ドラゴンは強い魔力を秘めているから」


 深刻な顔で告げるシエル姉さん。

 こうしてその日の夜は、不穏な気配を漂わせながら更けていったのだった。



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