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第十話 メイリン

「もう、びっくりしちゃったよ! 二人の身体が重なって見えてさ」


 クルタさんが部屋に戻って来てから数分後。

 自身の勘違いに気付いた彼女は、顔をほんのりと赤くしながら俺たちに謝った。

 バツが悪いのだろう、視線がフラフラと泳いでしまっている。


「そそっかしいんだから。そもそも、私が何をするっていうのよ?」

「それは……。そ、それよりもジークが無事に回復してよかった!」


 笑顔を作りながら、露骨に話題をそらせようとするクルタさん。

 シエル姉さんは渋い顔をしつつも、それ以上、細かいことを追求しようとはしなかった。


「ま、別にいいわ。それより、協力者の方は見つかった?」

「それがねえ……。地元のギルドとか回ってるんだけど、全然ダメ。ドラゴン討伐って言うと、すぐにみんな断っちゃう」

「うーん、チーアンの竜信仰は思った以上に根強いわねえ」


 額に手を当てながら、シエル姉さんは困った顔をした。

 ここチーアンでは、竜は信仰の対象となっている。

 特にゴールデンドラゴンは神聖視されているため、討伐のために協力を得るのはなかなか難しいようだ。

 

「ロウガとニノが別口で回ってくれてるから、そっちに期待ね」

「ライザは? そう言えば姿が見えないけど」

「修行するって出て行ったよ。自分があの群れを全部倒すことができれば、ノアは倒れずに済んだって」

「あの群れを全部って……。相変わらず、ライザ姉さんは無茶苦茶言うなぁ」


 きちんと数えたわけではないが、あの群れは恐らく五十頭以上は居ただろう。

 一頭でも災害扱いされるドラゴンを、まとめて五十頭も倒そうなんて。

 流石はライザ姉さんというか、何というか。

 修行をすれば、あながち不可能とは思えないところが逆に恐ろしい。

 今でも、十頭ぐらいはまとめて相手にできるだろうからなぁ。


「一応、夕飯までには戻るって」

「わかったわ。しかし困ったもんね、頼みを放り出して出かけちゃって」

「ま、交渉下手だろうからちょうどいいんじゃない?」


 そう言われて、ふむと考え始めるシエル姉さん。

 確かに、ライザ姉さんはそういうの凄く苦手そうだよな……。

 人にものを頼まれることはあっても、頼むことなんてめったにない人だし。

 ライザ姉さんの不器用な姿が、目に浮かんでくるようだ。


「あー、それもそうか……」

「逆に居てもややこしくしそうですね」

「その点、ニノとロウガはそこそこ常識人だからね。特にロウガはあれで意外と気が利く方だし」


 軟派な面の目立つロウガさんであるが、基本的には頼りになる大人である。

 加えて、誰とでも打ち解ける陽気な性格をしている。

 協力者探しという役目においては、俺たちの中では彼が一番期待できるかもしれない。

 

「じゃあ、とりあえず二人に期待して待つって感じですかね」

「そうだね。あ、お土産に美味しそうな桃を買ってきたよ」

「ありがとうございます」


 こうして俺たちは、桃を食べながらロウガさんとニノさんの帰宅を待った。

 そして数時間後、日も傾いてきた頃。

 シエル姉さんが夕食を取りに行こうとしたところで、部屋の扉が開かれる。


「お! ジーク、目が覚めたのか!」

「ええ。おかげさまで」

「安心しました。まったく、あなたは少し無茶しすぎなんですよ」


 ベッドから起き上がった俺の姿を見て、ほっと胸を撫で下ろすロウガさんとニノさん。

 二人はそのままゆっくりと俺に近づくと、改めて顔を覗き込んでくる。

 

「もう体は大丈夫なのか?」

「いえ、まだ本調子には。でも、明後日ぐらいには戻ると思いますよ」

「良かった。なら、依頼も無事にこなせそうだな」

「んん? ということは、協力者が見つかったの?」

「ええ、ばっちりです」


 胸を張り、自慢げに告げるニノさん。

 おお、それはすごい……!!

 期待はしていたが、まさか本当に見つけて来てくれるとは。


「へへへ、俺はやる時はやる男だからな」

「……調子に乗らないでください。十割は私のおかげですから、お姉さま」

「おい、それじゃ俺の分がねーだろうが!」

「失礼、九分九厘です」

「ったく、俺だって頑張ったんだぜ」


 調子の良いニノさんに、肩をすくめるロウガさん。

 彼は開けっぱなしになっていた扉の方を見やると、くいっと手招きをする。


「入ってくれ。俺たちの仲間を紹介するぜ」

「は、はい! 初めまして、メイリンです!」


 やがて部屋に入ってきたのは、まだ十代半ばほどに見える少女だった。

 団子のように小さく束ねた黒髪が印象的で、控えめな顔立ちはどことなく気弱そうに見える。

 声も震えていて、かなり緊張していることは明らかだった。

 俺はゆっくりと身体を起こすと、彼女に頭を下げる。


「寝たままで失礼します。一応、このパーティのリーダーをやっているジークです」

「よろしく、お願いします!」

「そんなに緊張しなくていいですよ、怖いことは何もありませんから」


 できるだけ柔和な笑みを浮かべる俺。

 それに合わせるように、クルタさんたちもまた笑顔を浮かべる。


「私はクルタ、よろしくね」

「シエルよ。よろしく」

「は、はい!」


 深々と頭を下げるメイリン。

 そのどうにもぎこちない様子を見て、クルタさんが尋ねる。


「ずいぶんと緊張してるようだけど……。よく、ボクたちに協力してくれたね?」

「実はその、どうしても必要な薬草が竜の谷にあって」

「なるほど。私たちに協力すれば、それが手に入るだろうってわけね?」

「はい! 母の病気を治すために必要なんです!」


 先ほどまでとは打って変わって、メイリンは力強くそう告げた。

 こうして俺たちのパーティに、一人の協力者が加わったのだった。


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