第七話 別れ
「よし、こっちは準備完了だ。いつでも破れるぞ」
洞窟の天井に向かって剣を構えながら、声を掛けてくるライザ姉さん。
俺たちはそれに頷くと、改めて結界の外の様子を伺った。
人形で敵の注意を引き付けているうちに、ライザ姉さんがこじ開けた別の出口から脱出する。
それが俺たちが相談して決めた、ここからの脱出作戦だった。
いろいろな面で危険度の高い作戦だが、これが今できる最大限である。
「人形の準備はできてるわ。ロウガさんはどうかしら?」
「任せろ。降ってくる岩は俺が防いでやる」
「じゃあ打ち合わせ通り、ライザが穴をこじ開けたらロウガを先頭に突っ走って。私もすぐ追いかける」
シエル姉さんの言葉に、俺たちは揃って頷いた。
さあ、いよいよ勝負の始まりだ……!
俺がトクンと息を呑むと同時に、シエル姉さんが結界を解除した。
そして横になっていた人形が立ち上がり、ぎこちないながらも走り出す。
「はあああぁッ!! 天斬・弧月!!」
放たれる青白い斬撃。
たちまち天井が粉砕され、地上へと通じる穴が出来た。
降り注ぐ岩をロウガさんが大盾で防ぎ、そのまま勢いよく駆けていく。
俺たちもその後に続いて、道なき道を突き進む。
「やれやれ、何とか出られたな!」
「ロウガ、大丈夫ですか?」
「ああ。ちょっと凹んじまったけどな」
落石に耐えたロウガさんの盾は、表面がすっかり傷だらけとなっていた。
堅牢な盾にできた無数の凹みは衝撃の激しさを物語っている。
「さ、このまま一気に安全なとこまで走り切るよ!」
「そうですね、止まってる暇はありません!」
再び走り出すクルタさんたち。
俺もそれに続こうとすると、ライザ姉さんとシエル姉さんが地上へと出てきた。
二人とも、うまく脱出することができたようである。
再び合流した俺たちは、全速力で雪原を駆け抜けていく。
「くそ、雪で思ったより速度が出ねえ!」
「頑張れ! あの尾根を何とか超えるんだ!」
尾根さえ超えれば、そこから先は下り坂。
逃げるのもいくらか楽になるだろう。
あと少し、ほんの少し……!
気ばかり焦っていく中で、後ろからドォンと大きな爆発音が聞こえてくる。
「あの火柱……人形が壊された!?」
「ええっ!? 頑丈なんじゃなかったの!?」
「あれだけの群れだからね、集中攻撃されたら流石に――」
「アエリア姉さん、大好き!!」
どこからともなく響いて来た、謎の叫び。
どこか間の抜けたその声に、俺はたまらず足を止めそうになる。
いま「アエリア姉さん大好き」とか聞こえたよな?
思わず怪訝な表情をすると、シエル姉さんがやれやれと額を手で抑える。
「最後に余計な機能が作動したっぽいわね」
「いったい、何の機能だったんですか? 妙なこと言ってましたけど」
「ノ、ノアは知らない方がいいわ! それより、人形が壊されたってことは……!」
シエル姉さんがそう言った直後、谷から続々とドラゴンたちが上がってきた。
天高く舞い上がった彼らは、周囲を旋回して俺たちの姿を探し求める。
まずいな、このままじゃ見つかって追いつかれるのは時間の問題だ。
尾根を越えていくらか逃げる速度が速まったとしても、空を飛ぶドラゴンが相手では焼け石に水だろう。
「こうなったら、誰かが足止めするしかないな」
「俺がやります」
「ノアが……? 大丈夫なの?」
「そうだ、そういうことなら私の方が適しているはずだ」
俺の申し出に、即座に反対する姉さんたち。
だが、ここは俺でなければならない理由があった。
俺たちを追いかけてきているドラゴンの群れ。
その中には、魔法に強い種と物理に強い種が混在してしまっているのだ。
魔法と剣技の両方が使える俺でなければ、対応は難しいだろう。
「ノアが残るなら、私も残るわ!」
「私だって残るぞ!」
「ボクだって!」
「お姉さまが残るなら、私も残ります!」
俺が足を止めると同時に、姉さんやクルタさんたちまでもが足を止めてしまった。
ちゃっかり、ニノさんまで残ってしまっている。
参ったな、これじゃ足止めにならないじゃないか……。
思わぬ事態に俺が困り顔をすると、ロウガさんが言う。
「お前ら、ここは素直に下がってやれ。男が身体張るって言ってんだからよ」
「でも! いくらジークだって、あんな群れを相手に……!」
「大丈夫ですよ。一人で逃げるだけだったら、どうにかなる方法は考えてありますから」
「……聞かせて。その方法に納得できなかったら、私は残るわ!」
そう言うと、杖を雪に突き立てるシエル姉さん。
納得するまで、何が何でも動かない構えである。
こうなってしまっては、できる限り早く説明するよりほかはない。
俺はいささか早口で、自分が思いついたアイディアを語って聞かせる。
「リスクはあるけど……不可能じゃないわね」
「ああ、ノアの身体なら恐らく耐えられるだろう」
「どちらかと言うと、事が済んだ後にジークを見つけられるかどうかが勝負じゃない?」
「それなら、私の魔力探査ですぐに見つけられるわ」
「決まりだな、それしかねえだろう」
年長者らしく、その場の意見を取りまとめるロウガさん。
方針は決まった、あとは実行するのみ。
俺は深く息を吸い込むと、腰の剣に手を添える。
「ノア! 絶対に、絶対に無事で帰りなさいよ!」
「ええ、もちろん!」
「もし戻らなかったら……うぅ」
ここで、シエル姉さんの眼から涙がこぼれ落ちた。
……あのシエル姉さんが泣くなんて、いったいいつ以来だろうか?
感情をあらわにするシエル姉さんに、こちらまで心が揺り動かされる。
何としてでも、戻らなくては。
姉さんの気持ちを肌で感じ取った俺は、やがてその身体を強く抱きしめる。
「必ず、必ず戻るよ。シエル姉さん」
「ええ、戻って来て。私からも話したいことがあるわ」
涙を拭き、何かを決意したような表情でそう告げるシエル姉さん。
俺は深く頷きを返すと、剣を手にドラゴンの群れを目指して走り出すのだった――!




