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第三話 宿での一幕

「あー、うめえ! ダージェン料理ってのも大したもんだな!」


 大きな円卓に所狭しと並べられた料理。

 華やかで異国情緒あふれるそれは、どれも濃厚な味わいで非常に美味かった。

 特に「肉まん」という料理は食べやすく、ついつい手が伸びてしまう。

 他にも、鳥の皮をカリッと香ばしく焼いた料理なども絶品だ。


「美味しいからって、少し食べ過ぎですよ?」

「いいじゃねえか、出るのは明後日なんだしよ」


 そう言うと、ロウガさんは身体をほぐすように大きく伸びをした。

 そして残っていた料理を平らげると、満足げに腹を擦る。


「ふぅ、食った食った! いい気分だ!」

「ふあぁ……ボクは何だか眠くなってきたよ」


 小さくあくびをすると、眠たげに瞼を擦るクルタさん。

 スープを飲み干した彼女は、周囲の食器を軽く片付けた。

 そして、俺たちより一足先に席を立つ。


「じゃ、お風呂済ませてもう寝るね」

「あ、私もついていきます!」


 こうして、連れたって食堂を出ていくクルタさんとニノさん。

 二人がいなくなったことで、一気にその場が静かになった。

 やがてその静寂に耐えかねたように、ライザ姉さんがふと呟く。


「……そう言えばこの宿、私たちとシエル以外はいないようだな」

「言われてみれば、そうですね」


 広々とした造りの食堂には、俺たちが利用しているのと同じ円卓が五台も備えられていた。

 さらにもう一回り小さなイスとテーブルのセットが、窓際にずらりと並べられている。

 しかし、いま食堂にいるのは俺たちだけ。

 時間もちょうど夕食時だというのにである。


「大方、ゴールデンドラゴンの噂を聞いてお客が逃げたんじゃないか?」

「それはそうですけど……。ちょっと不自然な気もしますね」

「ま、そんな気にすることでもねえだろう。どっちにしろ、明後日には出ていく宿だ」


 あっけらかんとした様子で告げるロウガさん。

 確かにその通りなのだが、俺としてはやはり理由が気になってしまう。

 けどまあ、そんなこと調べているような時間もないし……。

 

「俺もそろそろ寝るか。ジークたちも早く寝ろよ」

「ええ、おやすみなさい」

「私も寝るか。よし、行くぞノア」

「ちょっと、どさくさに紛れて何しようとしてるんですか!」


 スッと手を引いてきた姉さんに、すかさず突っ込みを入れる俺。

 少しお酒が入っているせいか、いつも以上に調子がいい。


「まったくノリが悪いな」

「姉さんの方が、こんな時に呑み過ぎだよ」

「大丈夫だ、このぐらい……」

「いいいいっ!!!!」

「なんだ!?」


 どこからか響いて来た悲鳴。

 この声は間違いない、クルタさんだ!

 それに遅れて、ニノさんの怒号もはっきりと聞こえてくる。


「こっちは……部屋からだな!」

「急ぎましょう! なんかまずそうな雰囲気です!」


 こうして大慌てで部屋に戻ると、廊下に立ち尽くすクルタさんとニノさんの姿があった。

 扉は開け放たれていて、たちまち荒れた部屋の様子が目に飛び込んでくる。

 外から何かが飛んできたのだろうか?

 窓のガラスが割れていて、床一面に欠片が散乱してしまっていた。


「おいおい、何だこりゃ? 今日はそんなに風なんて強くなかったが……」

「……これを見て。事故じゃなくて、事件みたいだよ」


 そう言ってクルタさんが取り出したのは、くしゃくしゃに丸められた紙だった。

 広げてみると、ひどい癖のある字で「ドラゴンには手を出すな」とだけ記されている。

 いったい何なのだろうか、これは?

 突然のことに俺たちが動揺していると、不意に後ろから声が聞こえてくる。


「あー……ノアたちのとこにも来ちゃったか」

「シエル姉さん! 何か知ってるんですか?」

「まあね。私もここに来た日にやられたから」


 そう言うと、姉さんはやれやれとため息をついた。

 そして壁にもたれかかると、ゆっくり語り始める。


「このチーアンに住む人たちが、竜を崇拝してるのは知ってる?」

「ええ、クルタさんから聞きました」

「なら話が早いわ。その崇拝している竜というのがね、よりにもよってゴールデンドラゴンなのよ」


 それはまた、何とも厄介なことになったというか……。

 俺はたまらず眉を顰め、渋い顔をした。

 クルタさんやロウガさんたちも同様に、おいおいと困り顔をする。


「……どうしてそれを早く言ってくれなかったんですか!」

「知らない方がいいと思ったからよ。幸い、討伐に反対しているのも一部の人だけだしね」

「だからって、言わないのはどうかと思いますよ」

「そうだよ。事前に言っといてくれれば、気を付けることもできたのに」


 フンッと鼻を鳴らして、不満をあらわにするクルタさん。

 実際に事件を防げたかどうかは怪しいが、こうなってしまっては文句を言うのは当然である。

 それに、もっと重大な事件につながる可能性だってあったのだ。

 流石のシエル姉さんも申し訳ないと思ったのか、渋々ながらも頭を下げる。


「悪かったわ、ごめんなさい」

「分かればいいのだ、分かれば」

「だがこうなると、宿の外には出ない方がいいな。温泉もやめといた方がいいか……」

「むむ、やむを得ないですね。お姉さまと入るのを楽しみにしてたのですが」


 チーアンに到着した時に見かけた温泉。

 宿の人の話では、それを使った立派な共同浴場があるという話だったのだが……。

 あいにく、この様子では出かけない方がいいだろう。

 この街では出来るだけ大人しくして、依頼が済んだらサッサと立ち去るよりほかはなさそうだ。


「それよりシエル姉さん、念のため聞いておきたいんだけど」

「なに?」

「ゴールデンドラゴンは討伐しなければならないんだよね?」


 俺のこの問いかけに対して、シエル姉さんはわずかに遅れてもちろんと頷いた。

 その眼には一点の曇りもなく、嘘も迷いもないようである。

 遅れがやや気になったものの、俺は安心してほっと息をつく。

 ライザ姉さんも特に異常はないと判断したらしく、落ち着いた顔をしていた。


「ならいいんだけど」

「安心して、変なことにノアやライザを巻きこんだりしないわよ」


 そう言うと、ゆっくり休むように言い残して歩き去っていくシエル姉さん。

 俺たちは片づけを済ませると、ひとまずはそのまま眠りにつくのだった。


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