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第一話 竜の街

 大陸の東側を占める人界。

 そのちょうど中心部に聳えるのが、霊峰として知られるララト山である。

 人間世界における最高峰で、扇を返したような美しい山体と山頂を覆う万年雪で有名だ。

 

「見えてきたね……!」


 ラージャの街から、馬車に乗っておよそ一週間。

 草木もまばらな荒野を進んでいくと、やがてその彼方に巨大な山体が見えてきた。

 雲をも貫く黒々とした山体とまばゆいばかりに白い冠雪。

 そのコントラストが実に見事で、何とも雄大な風景である。

 エクレシア姉さんがいたらきっと、即座にスケッチを始めていただろう。


「この山のどこかに、ゴールデンドラゴンがいるんだな」

「なかなか、探すのに骨が折れそうですね」


 次第に近づいてくる山の大きさに、困った表情をするロウガさんとニノさん。

 するとここで、クルタさんが笑いながら言う。


「それなら心配ないよ。ドラゴンはほとんどが南側の谷に住んでるから」

「ん? 何だか知ったような口ぶりだな?」

「まあね、前にワイバーンの討伐に来たことあるから」


 腰に手を当てて、自慢げに語るクルタさん。

 なるほど、前にも来たことがあるというならいろいろと心強いな。

 俺がそんなことを思っていると、姉さんが軽く釘を刺すように告げる。


「今度の依頼は、あくまでもお前の試験だぞ。あまり頼りすぎるなよ」

「大丈夫だよ、わかってるって」

「むしろ、ライザの方が手を貸さないように気を付けてよ?」

「……どういうことだ?」

「だって、ジークが追い詰められたらすぐに手が出るでしょ?」


 クルタさんにそう言われて、姉さんの眉間に深い皺が寄った。

 言われてみれば、ここ最近の姉さんは俺に対してずいぶんと優しかったからなぁ。

 実家であれだけ俺のことをしごいていたのが嘘のようである。

 本人にもその自覚はあったのか、クルタさんの指摘に対してビクッと肩を震わせる。


「そ、そんなことはない! 私は厳しい姉だからな!」

「ならいいけど。変なとこでケチがついて、ジークが不合格なんて困るからね」

「ふん、心配するな! 大丈夫だ」


 そうこう言っているうちに、山の麓に広がる街が見えてきた。

 へえ、これはちょっと変わった街並みだな……。

 大陸ではあまり見られない建築様式の家々が、山肌に沿うようにして立ち並んでいる。

 東方風の建物に似ているが、どことなく違う感じだ。


「あれは……ダージェン帝国の建物に似てますね」

「ダージェン? 東方にあるのはアキツじゃなかったか?」

「東方と言っても広いんです。アキツ以外にも国はありますよ」


 ロウガさんの問いかけに、いささかムッとした様子で答えるニノさん。

 ダージェン帝国か……。

 俺も名前だけは聞いたことのある東方の大国である。

 ここ最近は交流が途絶えてしまっているが、かつては大陸とも貿易を行っていたはずだ。


「あの街はチーアンって言ってね。何でもその昔、東方から来た人たちが作ったらしいよ」

「へえ、街の名前もどことなく違ってますね」


 やがて道は緩やかな上り坂となり、馬車は崖下をゆっくりと街に向かって登っていく。

 ゴールデンドラゴンが暴れているとのことだったが、周囲にはひなびた空気が流れていた。

 時折見える段々畑も、特に荒らされているような形跡はない。

 あまりにのどかで、少し不気味なくらいだ。


「特に変わった様子はねーな。ゴールデンドラゴンが暴れてるって話だったが……」

「そうだねー、けっこういい雰囲気。それに、この匂いは……」


 スンスンと鼻をひくつかせるクルタさん。

 俺もそれに習って匂いを嗅ぐと、ほんのりと硫黄の香りがした。

 耳をすませば、水が流れる音も聞こえてくる。

 どうやら、温泉が湧いて川のように流れているらしい。


「こいつはいいな、街に着いたらすぐ入ろうぜ。汗かいちまったよ」

「その前に、依頼人と合流しないといけませんよ」

「そうですね。えーっと、確かこの街の宿にいるはずですけど……」


 依頼人が指定してきた合流場所は、ララト山の麓にある宿屋であった。

 この山の周囲には、このチーアン以外の街はない。

 そのため、この街の宿にその人物はいるはずなのだが……。

 馬車から降りた俺たちは、さっそく宿屋らしき建物を探して通りを歩き始める。


「というか、ずいぶんとアバウトな指定だよな。ほんとにちゃんと合流できるのか?」

「だよね。そもそもその依頼人さんって、名前も伏せてるんでしょ? 大丈夫かなぁ」


 ゴールデンドラゴンの討伐を依頼人と共に行うこと。

 それが今回、Aランク昇格試験として俺に課された依頼内容であった。

 しかし、依頼人の名前はいまのところ非公開。

 ギルドを通じた依頼であるため、素性は確かなようであるが……。

 やはり、どうにも怪しい依頼だ。

 そもそも、ここで伏せたところで実際に会う時にはわかる話である。

 そうまでして身元を隠した人物なんて……誰かいるのかなぁ?


「この手の依頼を出すのは、ほとんどの場合は貴族だな。ひょっとすると王族かもしれん」

「お、王族? いや、まさか……」

「あり得なくはないぞ。ドラゴン討伐ともなれば、国が絡むこともあるからな」


 そう語るライザ姉さんの顔には、確かな説得力があった。

 実際、そういったケースもたくさんあったのだろう。

 ドラゴン討伐と言ったら、英雄譚の代名詞みたいなものだもんなぁ……。


「うぅ、ちょっと緊張してきた……」

「なーに、気にすることなどない。堂々としていればいいのだ」

「そんな、なかなか姉さんみたいにはできないよ」


 そう言ったところで、通りの先に大きな三階建ての建物が見えてきた。

 その入り口には大きく「白龍閣」と看板が掲げられている。

 構えと雰囲気からして、恐らくはここがこの街の宿屋だろう。

 赤い土壁と木の柱が美しい、異国情緒あふれる建築物だ。


「さて、どんな人がいるのやら……」


 期待と不安の両方を抱きながら、俺はゆっくりと宿の扉を押し開いた。

 するとそこに待ち受けていたのは――。


「早かったじゃない、流石ノアね」

「シ、シエル姉さん!?」


 宿のエントランスで優雅にくつろぐ、シエル姉さんであった。

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