第五章最終話 試験の知らせ
ノアたちが久々にラージャの冒険者ギルドを訪れる数日前。
ウィンスター王国にある姉妹たちの実家では、またしても会議が開かれていた。
第六回お姉ちゃん会議の始まりである。
「エクレシアも、やはりダメでしたのねえ……」
話が始まるや否や、大きなため息をつくアエリア。
満を持して出発したエクレシアであったが、結局、彼女もノアを連れ戻すことに失敗してしまった。
エクレシアはその言葉に悔しげな表情をするものの、何も言い返すことができない。
「ノアは、私たちの試練を乗り越えて独立を果たした。素直にこれを祝うしかないんじゃないかしら」
「でも、まだまだ心配です。魔族も何かときな臭い動きをしているようですし」
「そうね、今は静かだけど明らかにやばいわ。何か仕掛けてきても不思議じゃ――」
そう言ったところで、急にシエルの上着が震えはじめた。
彼女は急いでポケットをまさぐると、小さな水晶玉のようなものを取り出す。
「なんですの、それ」
「通信球よ。特別に小型化したやつ」
シエルがポンッと指で球をつつくと、たちまち声が聞こえてきた。
それを聞いたシエルの表情が、見る見るうちに青ざめていく。
かなり悪い知らせのようで、その様子は他の姉妹たちが心配になるほどだった。
「大丈夫ですか?」
「……ちょっと、こりゃまずいかも。
アエリア姉さん、お願い。今すぐ冒険者ギルドに連絡を取って。ノアの助けがいるわ!」
「わかりました、何とかしましょう!」
こうして、第六回お姉ちゃん会議は急報によって幕を閉じたのだった。
――〇●〇――
「向こうから既に報告は受けていたが……。またお前たちはとんでもないことをやらかしたもんだ」
ギルド二階の執務室にて。
俺たちから報告を受け、マスターは心底呆れたような顔をした。
まあ無理もない、こっちだってあんな事態に巻き込まれるとは思っても見なかったのだから。
「それで、魔族の方は何か動きはありましたか?」
「今のところは静かなもんだ。不気味なぐらいにな」
「やっぱり、内側でごたごたしてて身動き取れないのかな?」
「さあな、詳しいことはわからん。
こちらにできることは、万が一に備えて戦力を揃えておくことぐらいだな」
そう言うと、マスターは仕切り直すように机を叩いた。
そして立ち上がると、俺に歩み寄って肩に手を置く。
「今はそれよりもだ。ジークに重要な話がある」
「俺に、ですか?」
「そうだ。お前さん、いい加減そろそろ昇級試験を受けないか?」
ああ、そう言えば……!
このところ、立て続けに事件が起きてすっかり忘れてしまっていたけれども。
俺は既にCランクへの昇格条件を満たしていた。
ギルドとしては、このままずーっと同じランクで居られるのも困るのだろう。
「わかりました。えっと、確かコモドリザードの討伐でしたよね?」
「ん? 何の話だ?」
「ですから、Cランクの昇格試験の話ですよ」
俺がそう言うと、マスターはなぜかきょとんとした顔をした。
あれ、話が全然通じていない?
俺が首を傾げると、クルタさんが呆れたように言う。
「……ジーク、今更それはないと思うよ」
「だな、自覚無さすぎだぜ」
「こういう時だけ、何故か妙に鈍いですよね」
うーん、そんなに言われるほどなのかなぁ?
俺は助けを求めるように、ライザ姉さんの方を見た。
すると姉さんは、さあとばかりに肩をすくめる。
……この人に返答を求めたのは、ちょっとばかり間違いだったかもしれない。
「……Aランクだ。ジークには、Aランク昇格試験を受けてもらう」
「えっ!? い、いきなりですか!?」
「そうだ。むしろ、少し遅いぐらいなのだぞ」
そう言うと、マスターは再び執務机に戻っていた。
そしてドカッと腰を下ろすと、俺に向かってゆっくりと語り出す。
「そもそも、ウェインに勝った時点でSランクと見なされるだけの実力はあったのだ。
本来ならばすぐにでも試験を受けて貰いたかったが、お前たち迷宮都市へ行ってしまったからな」
「あー、そう言えばそうでしたね……」
「その後もすぐにヴェルマールへ行ってしまったからな。受けて貰う暇がなかったのだ」
「でもだからって、一気にAランクなんてありなんですか?」
「もちろん。だから、こうやって言ってるんだ」
強い口調で断言するマスター。
どうやらそこに関して、疑いの余地はないらしい。
となると、俺もいよいよAランクか……!
Sランクはある種の名誉職のようなものなので、実質的には最高ランクと言っても過言ではない。
その肩書の大きさに、何だかちょっとワクワクしてきてしまう。
Aランク以上から受けられる依頼というのも、たくさんあったはずだ。
昇格することができれば、今まで以上に冒険の幅が広がることだろう。
「とうとう俺たちが、ランクでも抜かれる時が来たか……」
「当然と言えば当然ですが、何だかちょっと寂しいですね」
「ボクも先輩面できなくなっちゃうかなー」
「いやいや、追いつくなんてそんな。まだまだ若輩ですからね」
「お前がそんなこと言ったら、俺たちの立場がねえよ」
思わぬ吉報に、ガヤガヤと騒ぐ俺たち。
こうしてしばしの時が過ぎたところで、再びマスターが語り出す。
「それで、試験についてなのだがな。実は、ジークを名指しで依頼が入ってるんだ」
「え、俺を名指しですか?」
「その通りだ。たぶん、お前さんの実力を噂か何かで聞いたんだろうな」
「なるほど。それで、内容は?」
俺がそう尋ねると、マスターは何やらもったいぶるように間を置いた。
そして、重々しい口調で告げる。
「ララト山に住むゴールデンドラゴン。こいつを討伐するのを手伝ってほしいらしい」
おおお……ドラゴン!!
いよいよ登場したビッグネームに、俺は奮い立つのだった。




